<黒き闘牛>
■担当マスター:藤宮忍
その青年は、牛飼いだった。都市国家の下層部に、比較的大きな建物が幾つか並ぶ場所がある。
簡素な見た目をした建物、そのうちのひとつが、青年の大切な牛を育てる部屋になっていた。
青年は干し草を抱えて、いつものように扉を開く。
干し草を運び込んだ後は、牛から乳を搾って売りに行こうと思っていた。
新鮮なミルクは何時売りに行っても喜んで貰えるのだ。
青年は開けた扉から、部屋の中へと踏み込んだ。足元には柔らかな牧草が茂っている。
牛たちは気ままに散らばって、生えている草を思い思いの場所で食んでいた。放牧の状態である。
数箇所に分けて干し草を積み上げた山があり、そのうちの一箇所へと運び込んだ干し草を乗せると、青年は牛の数を数えながら奥へと向かった。
この広い飼育部屋の一番奥に、搾乳用としてのスペースがある。
入口からは、ちょうど干し草の山の裏となっていて姿は見えないが、そこには黒い牛が一頭だけ繋がれている。
青年は、黒い牛から乳を搾ろうと、搾乳スペースへ向かった。
滲んだ額の汗を拭って数歩進むが、ふと奇妙な違和感を感じ立ち止まる。
――他の牛たちが妙に静かだ。
振り返った青年が視線を巡らせると、自由に草を食べていた牛たちが全て、同じ所を見ていることに気付いた。
そして、何かに警戒するように牛たちは、少しずつ、彼から離れていく。
「どうしたんだ、一体……?」
不思議に思って呟くと、バサリと干し草の山が崩れる音がした。
本能的に恐怖を感じた青年は、ギクリと身を強張らせて恐る恐る振り向いた。
そこには、変わり果てた黒い牛の姿があった。
立ち竦む青年の目の前で、化け物めいた大きさの牛が、干し草の山を突き崩して突進してくる。
「ひっ……、だ、誰か助け……っ」
叫び声は恐怖で掠れ、建物の外まで響かない。
牛の変貌に恐怖で動けない青年は、ガタガタと震えている。
普通の牛の2倍程もある大きさとなった黒い牛が、勢い良く青年の身体へと向かって来る――。
「皆さん、どうか牛飼いの青年を救ってください」
その場に集ったエンドブレイカーの同志たちを前にして、弓の狩猟者・ナターリアは語る。
「事件は早朝、青年が搾乳に向かう時間帯に起こります。夜明け前に辿り着けば、彼より先に建物に入り込めるでしょう」
ナターリアは真面目な表情で説明を続けながら、手にした弓を強く握りしめる。
「青年は下層の方にある、農業用の建物が多い地域に住んでいます。彼を事件から守り、マスカレイドを始末して欲しいのです」
そう言って、皆の顔を順に見ると、力強く頷いた。
「マスカレイドとなった黒い牛の他にも、8頭の牛が居ます。普段は穏やかで賢い牛たちですが、巨大化した黒い牛を見て少々混乱しています。できることなら、牛たちも外へ逃がして助けてあげて欲しいのです」
青年は勿論、牛たちにも罪は無いのです、とナターリアは静かに言葉を紡ぐ。
「8頭の牛たちは、入口付近に4頭、中央付近に4頭居ますが……逃がすために傍まで行くと、黒い牛に気付かれてしまいます」
牛を逃がすための良い方法はないでしょうか、と状況を説明しながら皆の意見を尋ねている。
「黒い牛は、まっすぐに突進してきます。頭部の角と、硬い蹄での蹴りが危険です。何よりも大きな身体ですので、気をつけて下さい。幸い、牛たちの飼われている部屋は広いですから……」
黒い牛が突進して直撃すると、痛いどころでは済まされない、とナターリアは少しだけ心配そうな顔をした。
だがすぐに、そんな気持ちを振り払うように首を振る。
そして、まっすぐに真摯な目を皆へと向けた。
「大丈夫、協力すれば皆さんならきっと勝てるはずです。それがわたくしたちの使命なのですから」
●マスターより初めまして、新人マスターの藤宮です。皆様が冒険する世界を描く手助けができるよう、頑張ります。 補足として入口横と部屋の中央2ヶ所に大きな干し草山があります。 中央の干し草山までは、静かに進めば黒い牛からは隠れられそうです。 ただし8頭の牛たちに近付くと、黒い牛に姿を見られてしまいます。 黒い牛は、角で突進・後足で蹴り・体当たりの3パターンで攻撃します。 ちなみに闘牛士は赤い布を持ちますが、牛の目には色を識別する能力はなく、ただ揺れる動きに興奮するそうです。 |
<参加キャラクターリスト>
● 剣の城塞騎士・アクロ(c00707)
● エアシューズのスカイランナー・シュッシュ(c01592)
● 大剣の魔獣戦士・エルタニン(c01722)
● 太刀の群竜士・コウジ(c02196)
● 杖のデモニスタ・リーリャ(c02288)
● アイスレイピアのスカイランナー・ソーファ(c02831)
● 暗殺シューズのスカイランナー・ラシャ(c03415)
● 剣の城塞騎士・クレーエ(c03948)
<プレイング>
● 剣の魔獣戦士・メリュアム(c00073)
(補足、一人称「みゅー」)
【抑え】の係で同じ係の皆と行動
(しずかに、しんちょーにっ…。)
黒牛に気づかれない所まで行き、物陰に隠れ待機
皆が配置についたのを確認したら行動開始
ダッシュで黒牛に近づき、他の牛から注意を離す
黒牛が攻撃してきたら防御より極力回避
防御せざるを得ない(回避しきれない、後ろに牛がいる、背後が壁など)ときは、剣をかざすようにし、身を屈めて防御です
回避に専念ですが、黒牛にスキを見つけたときは十字剣で攻撃!
後蹴りも突進もあって危ないそうですから、
・横側面にスキがある時
・前に突進している時に後方から
仕掛けるですよ
マヒを狙って攻撃するです
体力が少なくなってきたら(半分以下)、攻撃をビーストクラッシュに切り替えます
ドレイン、上手くいくかな
牛さんの避難が済んだら、倒すだけ!
全力で畳みかけるッ!
お仕事がちゃんと終わったら、安心からあくびがでちゃうと思います
早い時間だし…仕方ないよね?
● 剣の城塞騎士・アクロ(c00707)
今回の仕事というか初陣にしてはいきなりハードなお仕事・・・でもやってやるさ。
今回の相方?はクレーエ(c03948)とラシャ(c03415) 。
俺等の仕事は牛を安全に逃がし、安心して戦えるようになるまで黒牛を足止めしておく事。
其の為、シュッシュ(c01592)とメリュアム(c00073) が先行、黒牛を引きつけ、俺達が加わって黒牛をこれ以上暴れさせないように応戦する。
かなり危険だが・・・やるしかないだろ。
戦闘スタイルは皆が合流してくるまで剣と鎧で防御しながら防戦の構えを。
あっさりやられちまったら抑えにもならんしな。
他のみなと合流したら戦闘スタイルを攻撃よりにチェンジ。
(この祭に使用できれば・・・だが他の班との合流前はディフェンスブレイドを、合流後には十字剣を中心に使用)
● エアシューズのスカイランナー・シュッシュ(c01592)
デカ牛が青年や八頭の普通牛に向かわないように囮に専念。
● 大剣の魔獣戦士・エルタニン(c01722)
牛たちの避難を担当する。
太めのロープを事前に用意しておく。
可能な限り優しく建物の外に誘導するが、時間がかかる場合、牛が暴れる場合は2頭づつロープを掛けて引っ張る。
基本的に無事な牛の避難がすべて終わるまでは黒牛との戦闘に参加しない。
交戦時はビーストクラッシュを中心に戦う。
● 太刀の群竜士・コウジ(c02196)
分担が決まってないので、基本は周りの指示に従う。
アビは切り札にとっておいて、基本は通常攻撃。
防御よりかは攻撃中心で。
イメージは気さくな浪人って感じです。
● 杖のデモニスタ・リーリャ(c02288)
仲間が黒い牛をひきつけてるうちに他の牛を逃がすっす。合図がでたら入り口近くの牛からなだめて外に誘導するっす。牛がいうこときかないようだったら縄をつけて力ずくでひっぱっていくっす。牛を外につれ出し終わったらすぐに黒い牛と戦ってる仲間と合流して「デモンフレイム」で援護するっす。青年が来るまえに一気にきめるっす。
● アイスレイピアのスカイランナー・ソーファ(c02831)
【誘導】を担当します
行動:
先行した囮の合図で中央の干し草の山まで近づき、気付かれないように息を潜めます
囮の人が飛び出したら行動開始
私は中央にいる牛を宥め、入り口より外へと誘導します
牛を脅かさない様、斜め前方から穏やかな声で宥めて近づきます
「大丈夫、怖くないから…ね?
あなたたちを守りにきたんです」
牧場の牛を全て逃がせば戦闘に参加します
先ずは行動を封じる為に氷結剣
あと少しで倒せそうならスカイキャリバーに変更して戦います
あと…可能な限り傷痕を残さないようにしたいです
青年が確認したとき、傷だらけでは可哀想ですから…
戦闘終了後は時間があれば牛たちを小屋に返してあげたいと思います
でも時間がなければ撤退が優先です
牛の強盗殺害なんて汚名は流石に遠慮させて欲しいですからね
● 暗殺シューズのスカイランナー・ラシャ(c03415)
■黒牛対峙■
…抑えるとは言ったけど、
どう抑えろってのさコイツ!
…うう、なんかミスった
ちくしょう。
・シューズは刃を出したままにしとく、
地面とかに引っ掛かるようになるし。無いよりいい。
ぶっ壊れそうとか刃こぼれしそうとかは、気にしない。
んなこと気にしてる場合じゃあない。もう。
あと壁とか床とかキズついても文句言わせない。
牛たちがダメになっちまうよりマシだろ!
強盗は黒い牛だけしかもってけませんでした。
■攻撃■
回避行動は壁走りや、壁駆け上がりなど。
適宜、ナイフを壁に刺し(蹴り込み)
一瞬の足場にする。上手く黒い牛の頭上を
取れたらそのままスカイキャリバー。※
基本的に狙う箇所は頭部、頚椎、脇腹など。
・結果、動きとしては【囮】と【抑え】
の中間になってしまうかも。
距離がある時や普通の牛たちに向かった場合は
ソニックウェーブを。
・高いGUTSを活かして黒い牛へは積極的に。
ヤケになっているのではなく、諦めない。
● 剣の城塞騎士・クレーエ(c03948)
【概要】
決行は「夜明け前」、自分は【抑え】として動き、黒牛が牛たちに危害を加えぬよう壁となるっすよ。
【行動】
先行した【囮】の人の合図を確認したら静かに前進。
黒牛に気付かれぬよう中央の干し草に身を隠すっす。
囮の人が飛び出たら、その後に続いて任務開始っすね。
戦闘中はなるべく囮の人の邪魔とならぬ距離で、黒牛と一直線になるような位置を心がけるっす。
その上で出来れば他の【抑え】の人との連携が可能なようにするっす。
もし黒牛が此方へ駆けてきて、牛たちを狙うようならその前に立ち塞がり「ディフェンスブレイド」で牽制、押し戻すっす!
強行突破してくる構えなら、体当たりでも何でも受け止めてやるっすよ。
牛たちの避難が完了するか、朝日が出てこれ以上時間をかけられぬと判断したら十字剣で一気に仕留めにかかるっす。
【作戦後】
任務達成したら、青年が来ぬ内に撤退っす。
時間に余裕があれば牛たちを小屋に戻してあげたいっすね。
<リプレイ>
●夜明け前朝が来る前の時間帯。都市国家下層部にある牛飼いの小屋。
ナターリアに話を聞いた一行は、牛飼いの青年が搾乳に来るよりも前に現地へと辿り着けた。
先頭で小屋の中を窺っているのが剣の魔獣戦士・メリュアム(c00073)である。
小柄な少年は、囮として真っ先に飛び出すつもりで、緊張した面持ちをしていた。
その傍にはエアシューズのスカイランナー・シュッシュ(c01592)が同じく囮役として前へ出るため口数少なく控えている。
後ろの仲間達を振り返って確かめると、メリュアムは扉をそっと開けた。
ナターリアが言っていたように、入口からは中央にある干し草の山が見える。その向こうにマスカレイド化した黒い牛がいるのだろう。
まずは配置につくため、干し草の陰まで進んで行く。
入ると入口付近や、中央の干し草の周りに、牛たちが気ままに散らばって草を食んでいるのが見える。
だが今その牛たちに近付くと、黒牛に気付かれてしまうだろう。
メリュアムとシュッシュは、静かに慎重に足を進める。
その後ろから、剣の城塞騎士・アクロ(c00707) 、暗殺シューズのスカイランナー・ラシャ(c03415)、剣の城塞騎士・クレーエ(c03948)の三人が一列となって、黒牛から死角となるよう慎重に中央まで進む。牛たちを逃がしている間、黒牛が向かって行かないように抑えておくのが役割である。
「やれやれ、壊さず殺さず。言うだけは簡単だけど実行するにゃかなり大変なんだぜ……?」
小さくひっそりとアクロがぼやいた。その声にメリュアムが振り返り、しーっと口元に人差し指を立てる。
中央に待機する面子の最後尾には、アイスレイピアのスカイランナー・ソーファ(c02831)が彼らの後ろへ隠れる。ソーファは中央付近に居る牛たちを入口の方向へ逃がすつもりだ。
ソーファは位置につくと、入口を振り返った。外で待機している大剣の魔獣戦士・エルタニン(c01722)が軽く手を振って応える。その腕には太めのロープが掛けられている。もしも混乱した牛が暴れてしまったら、力づくでひっぱってでも外へ連れ出す為の物だ。
彼女と共に居る杖のデモニスタ・リーリャ(c02288)も、同じ考えでロープを用意して来ている。
手伝う為に残った太刀の群竜士・コウジ(c02196) が後ろから覗き込み、此方も準備完了とソーファへ合図を返した。
ソーファは合図を確認すると、干し草の陰で身を縮めるメリュアムとシュッシュに頷いて見せた。
行動開始だ、メリュアムとシュッシュは干し草の陰から飛び出して、黒牛へと向かった。
●トレロ・マタドール
「よーしっ、みゅーと一緒にがんばろっか」
自分の大切な剣に声を掛けながら、真っ先に黒牛の前まで躍り出たメリュアム。
干し草の陰から飛び出せば、奥に居る黒い牛が奇妙な仮面をつけているのが見え、既にマスカレイド化しているのが判る。
ひらひらと髪や衣服を揺らして近付くメリュアムの姿に、黒牛は唸り声を上げて真直ぐに駆け出した。
メリュアムは咄嗟に回避しようと左へ移動、すると黒牛も進路を左へ変える。ならば右へ、やはり黒牛も右を向く。
そして突進してきた黒牛の巨体が小柄な身体を突き飛ばした。
直前で刻む十字剣が黒牛の足を浅く傷つけるも、大したダメージは与えられない。
黒牛はすぐに次の目標を定める。メリュアムと共に囮として飛び出したシュッシュを見た。
シュッシュは黒牛に突き飛ばされたメリュアムを見て、関心を惹き付けるには何か揺らすべきか……と考える。
揺らす物といっても、武器がエアシューズなシュッシュは両手に何も持っていない。
ふと視線は自分の胸元へと向いた。豊満な胸は走ったり動いたりするたびに揺れている。
黒牛が揺れる胸を狙い――……はしないが、次に近い位置に居た囮であるシュッシュへと突進してきた。
気付けば目前に迫っていた黒牛がシュッシュの身体へと体当たりして突き飛ばす。
この黒い牛の攻撃を受けずに注意をひきつけておくことは、無理のようだ。力で押え込むしかない。
起き上がろうとするシュッシュへ、再び向かおうとする黒牛。
その間にすかざす壁役となるアクロたちが割って入った。
「さぁて、派手にいこうぜ。黒牛さんよぉ!」
右手で剣を引き抜きながら身構えるアクロへと、黒牛は狙いを変えた。前足で足元の草を踏みしめて頭部の角を向けている。
「死守は得意なんすよ。自警団時代はしょっちゅうしたから」
少し遠い目で呟くクレーエもアクロと並んで剣を構え、黒牛の進路を塞ぐように位置取る。
いつでもディフェンスブレイドを仕掛けられるように身構えた。
「……抑えるとは言ったけど、どう抑えろってのさコイツ!」
城塞騎士の二人と違い、剣も鎧も無いラシャが、得意な高い場所を探そうと周囲を見渡した。
牛小屋の中は広い。そこには足場にするには頼りなさ過ぎる干し草の山以外何も無い。
その干し草の傍で、黒牛の注意が他へ向いている間にソーファが他の牛の誘導をしている。
「大丈夫、怖くないから……ね? あなたたちを守りにきたんです」
牛を脅かさないよう、斜め前方から穏やかな声を掛けながら近付いていくソーファ。
牛は脅えていたが、入口の方へ向かう事が安全だと伝わったのか、ゆっくりと歩き始める。
入口付近ではリーリャたちが牛を小屋の外へと誘導していた。
黒牛から離れているここの牛は、比較的落ち着いていて素直に外へ出てくれる。
エルタニンが牛を一頭宥めて外へと連れ出す。コウジも草を食んでいた牛を小屋の外へと導く。
リーリャがもう一頭、牛を外へと逃がした。先に出た牛の後を追うように四頭めが外へ出る。
中央付近から牛が二頭、ソーファに誘導されて入口付近まで移動してくる。それをリーリャとコウジが引き継いで小屋の外まで連れて行く。
これで六頭の牛が外へ出た。あと二頭。
●牛たちの脱出
マスカレイドに立ち塞がるよう横並びになった、アクロとクレーエ、ラシャ。
牛たちを全て逃がし終えるまで、何としても抑えたい。
対峙する黒牛は、頭部を突き出した姿勢で地面を蹴ってアクロへ突進して来た。
アクロは防御を固めながら剣を振りかざす。
黒牛の角の一撃と、ディフェンスブレイドがぶつかり合う。
黒牛の巨体が突進した衝撃は、剣を握る手に鈍く響いた。後ろへ押し遣られるが、ここを通させるわけには行かない。
背後にはまだ、牛の気配がある。牛を誘導したソーファが駆け戻って来て、残る牛へ声をかける。
残りの二頭は暴れる黒牛の姿を見てしまって、酷く怯えているようだ。なかなか動いてくれない。
そんな牛の姿を捉えた黒牛が、ソーファの方へ向かおうとする。
気付いたクレーエがその前に立ち塞がり、黒牛の行く手を阻んだ。
構わず突進してくる黒牛へとディフェンスブレイドを仕掛けて牽制する。
剣の一撃は黒牛の巨体に決まり突破されるのを阻むも、クレーエの身体にズシリと響く衝撃は全身を軋ませた。
「ぎにゃー! お前なんかより虎や豹の方が強いしカッコいいっす!」
クレーエは痛みによろめきながら、思わず意味不明なことを叫んでいた。
その後ろでエルタニンとリーリャが、動かない牛にロープを繋いで二人掛りでぐいぐいと入口へ引っ張っている。
「おいしい牛乳が飲めなくなるのは困るっすから」
リーリャが牛に励ますような声をかける。
狙われたことですっかり脅えていた牛だが、二人が黒牛から引き離していくと落ち着いたのか入口の方へ歩き始めた。
あと一頭。
ソーファは懸命に宥めて居るが、なかなか動こうとしない牛の様子に瞳を曇らせた。
――もしこの牛が逃げ切れなくて、殺されてしまったら。不幸な結末を回避できなかったら。
不安を過ぎらせたその時、壁役の間をすり抜けた黒牛が、突進して来るのが見えた。
冷静に振舞う彼女の顔色が一瞬怯えたものに変わるが、その直後、黒牛は唸り声を上げて動きを止めた。
黒い巨体は突進を止めると、向きを変えてラシャの方を睨む。
ソニックウェーブの衝撃波を放ったラシャは、片足上げた蹴りの体勢のまま立っていた。
「んぁ……」
黒牛はラシャに狙い定めた。邪魔されて怒っているようだ、真直ぐに突進してくる。
「させないっす!」
しかし壁役として互いに連携を取っていたクレーエとアクロが、左右からのディフェンスブレイドで黒牛を阻もうとする。
黒牛は剣で斬り付けられ勢いを削がれながらも、ラシャへと体当たりした。
その隙にソーファが懸命に牛を宥め、リーリャとエルタニンがロープを掛けて引っ張る。コウジが牛を後ろから押して移動するように促している。
最早力づくであるが、押されて徐々に牛が動き出す。黒牛の狙いがラシャへと変わったのもあるだろう。
黒牛から逃げた方が安全だと、この牛が感じたのかどうかは判らないが、歩き出した牛は4人に誘導されて外へと向かった。
これで牛は全部逃がすことができた。あとはマスカレイドを倒すのみだ。
●黒き闘牛
「さーて、サクっといくとしようぜ」
太刀を構えたコウジが戻ってくる。エルタニンとソーファが続き、その後ろにリーリャ。
だいぶ時間がかかってしまったので、そろそろ決着をつけねばならない。
最後の牛を小屋から逃がした誘導班が、黒牛と対峙を続けていた5人と合流する。
黒い牛のマスカレイドは、幾らかダメージを受けているようだが、まだ向かってくる勢いは衰えない。
新たに増えた姿に、再び突進していこうとする。
エルタニンが大剣を振り上げて吼える。黒牛はエルタニンに狙いを定めた。
角を突き出して真っ向から来る黒牛へと、エルタニンが攻撃の腕を振るうのは、大剣ではなく魔獣化させた腕の方。
元から精悍な体躯の腕は、至近距離で黒牛の顔面を切り裂く。ほぼ同時に牛の角がエルタニンの肩にぶつかった。
しかし黒牛の方も、痛手を負ったようだ。唸り声を上げて再び突進しようとしている。
そこへ後方からリーリャの放ったデモンフレイムが直撃する。黒い炎が牛の身体の一部を焼き焦がした。肉の焼ける匂いがする。
マスカレイド化しているとはいえ、相手は元々牛だ。牛肉である。
だが美味しそうな匂い、などと考えている暇は無い。
ソーファが黒牛へと近付き、焦げた部分をアイスレイピアで斬り付ける。黒牛は氷刃に斬られて動きを鈍らせた。
「余り傷跡を残したくないのですが……」
黒牛はまだ、突進してくる構えだ。
突き飛ばされていたメリュアムも起き上がり、剣をぎゅっと握り締める。
側面から距離を詰めて片腕を魔獣化させる。爪が牛の肉に喰らい付き、僅かながら体力を吸収した。
痛みに唸り声を上げた黒牛は、突進してメリュアムを押し倒した。更に角で突こうとする。
「させるか!」
その黒牛の腹へとコウジの太刀の打ち抜きが決まる。居合い斬りを受けて、傷を負った黒牛の下からメリュアムが抜け出す。
黒牛は向きを変えて、コウジを後ろ足で蹴りつけた。しかし動きはかなり遅くなっている。
そこへクレーエが剣で十字に斬り刻む、その攻撃がマスカレイドの止めとなったようだ。
巨体が傾き倒れていくなか、仮面にはヒビが入り、そして消えていく。
残されれたのは、ただの牛の遺体。マスカレイドはエンドブレイカーたちによって倒された。
「撤退っす!」
クレーエの声に全員慌てて外へと向かった。そろそろ朝が来る、青年が来てしまう。外に逃がした牛たちは、本能で小屋の中に戻って来るだろう。それよりもこの場を離れた方が良い。
皆疲れきっていたが、慌てて外へと向かった。ひとまずこの場の悲劇は防げたのだ。
青年は、今日も町へミルクを売りに行くだろう――。