<懐かしき我が家>
■担当マスター:暮乃翡翠
今の暮らしに、不満はない。息子夫婦に、愛らしい孫娘。家族に囲まれた今を、幸せだと思う。
しかしそれでも、大切な過去を忘れることなど、できるはずがない。
今では足を踏み入れることのない、都市国家の下層部分。彼女と2人で過ごした我が家は、今もそこにちゃんとあるのだろうか。結婚記念に植えた大きな木は、今もあの庭で葉をしげらせているのだろうか。
懐かしい我が家には、いつも彼女の笑顔があった。
シリア。今でも、その笑顔を変わらず愛している。
想いは募り、記憶が溢れて。彼は、ひとつの決心をした。
すでに、荷物の準備はできている。もうひとつ必要なことがあるけれど、心から頼めば、誰か1人くらいは、きっと。
「なぁ、わしは行くよ。おまえの分も、しっかりと見てくるからな……」
切なげにつぶやいて、老人は壁に飾られた絵画をそっとなぞった。
大切な大切な、肖像画。それは彼と、この世を去った彼の妻の寄り添う姿を描いたものだった。
「下層地区の旧市街に、おじいさんを連れて行って下さいませんか?」
竪琴の魔曲使い・ミラは、微笑みながら声をかけた。
同じ言葉を周囲にいたエンドブレイカー達にも繰り返して、それから1人の老人を紹介する。
「このおじいさん……バドさん、と言いまして。昔住んでいた家を、見に行きたいそうなんです」
バドは若い頃、妻と共に下層の家に住んでいたそうだ。息子夫婦と上層に移り住んで以来、一度も戻ったことはないのだが。
先日、長い間連れ添ってきた妻が亡くなった。若い頃から変わることなく仲のよかった2人だ、バドの落ち込みようはひどいものだった。息子夫婦が心配して声をかけても、どんなに止めてもなだめても、彼は言う。もう一度、あの懐かしい我が家を一目見に行きたい、と。
しかし家のある下層部分は、放置されてずいぶんと経つ。人が住まなくなり老朽化した街は、建物が崩れていたり、瓦礫で道が塞がっていたりして、容易に進むことはできない。危険な生物が住み着いていることもあり、まるでダンジョンのようになってしまっているのだ。
さらに目的の地域には、『クワガタ人』が徘徊しているという話もある。『クワガタ人』は、普通の人間と同じぐらいの身長で、4本の腕と2本の足を持っている。その4本腕で殴りつけたり、頭部のクワで挟んだりして、攻撃してくるらしい。
老人が1人で行くには、危険すぎる場所。
彼の願いを叶えるためには、守ってくれる護衛が必要なのだ。
「マスカレイドが関わっているわけではないけれど……おじいさんが困ってることには、変わりありませんから。どうか、助けてあげてくれませんか?」
老人には聞こえぬよう小さな声で、しかしはっきりと。真摯なまなざしで伝えてから、ミラは老人を見た。つられるように、皆の視線がバドへと移る。
「……どうか、お願いです。妻との……シリアとの懐かしい思い出に、ひたる時間をわしに……」
しぼり出した声は、心からの懇願だった。
深く深く腰を折るバド、周囲を見回すミラ。
そんな2人を見て、エンドブレイカー達は任せろと言うようにうなずいた。
●マスターより初めまして。暮乃翡翠(くれの・ひすい)と申します。皆様の冒険を楽しいものにできるよう頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします。 事件はオープニングの通りです。 大好きなおばあさんとの思い出の家へ、おじいさんを連れて行ってあげて下さい。 遭遇するクワガタ人は3体。目的地へ向かう途中に現れることになります。 クワガタ人を倒し、下層地域にある家へ到着することが成功条件です。 それでは、皆様のご参加、プレイングをお待ちしております。 |
<参加キャラクターリスト>
● シールドスピアの魔法剣士・イチア(c00979)
● 暗殺シューズのスカイランナー・オルカ(c01500)
● 剣の魔法剣士・カイ(c01549)
● エアシューズのスカイランナー・ネモ(c01893)
● エアシューズのスカイランナー・サリア(c01928)
● 太刀の城塞騎士・アズラム(c02358)
● 杖の星霊術士・フィリス(c03471)
● 剣の狩猟者・シィン(c04158)
● エアシューズのスカイランナー・ヨシノ(c04548)
<プレイング>
● 杖の星霊術士・トウカ(c00806)
●心情
んー、今が幸せなのは凄く良い事だけど、思い出も凄く大事なもの…だと俺は思うからバドさんをきちんと大切な場所まで送り届けないと。
さて、気合入れて頑張んないと…(ぐっ
●作戦
足場確認とか敵がいないか確認を兼ねて先行班、残りのメンツでバドさんを護衛しつつ進行
敵発見後は、迂回できるようであれば迂回。
相手に見つかったりで迂回が間に合わない場合は先行班で対応しつつ、護衛の方から応援にまわる。
俺は護衛班で対応します。
もし…皆と認識がずれてるようなところが在れば、メンバーの皆に合わせます。
●戦闘時
とりあえずは、バドさんの近くに待機する予定。
敵との距離が近くて、マジックミサイルが届く範囲で在れば、バドさんの近くで、攻撃に参加するつもり。
「バドさん、ちょっと危ないかもしれないから、俺の後ろに居てね。」
●戦闘後
なんか色々あったけど、終わりよければすべてよしっていうしね。
あ、あれじゃないっすかね、目標の場所。
● シールドスピアの魔法剣士・イチア(c00979)
【心情】
おじいさんの大切な思い出を無事に見れるように護衛をしっかりやりますよ。おじいさんが疲れないようしないといけませんよね…。
【戦闘前】
先行班、護衛班で分ける。
護衛班はおじいさんの護衛中心。
先行班は先回りして、おじいさんの道を確保。
【戦闘】
護衛班。
● 暗殺シューズのスカイランナー・オルカ(c01500)
初めての依頼だから張り切ってる。爺ちゃんは大事にしないといけないからな。
今回は護衛依頼で、俺は先行して道の安全や危険な生物がいないかを確認する役割を受け持つことになった。後ろから来る爺ちゃんは心配だけど、護衛班の皆を信用して自分の役割を果たすぜ。
先行班と護衛班の距離は視認か、声が届く範囲。
敵を発見した場合、もし気付かれていないようなら後ろの護衛班に手振りで合図を送って避けて行く。気付かれていた場合、足場が良くて戦い易そうな場所におびき出して護衛班と合流、戦闘したいと思う。
戦闘中の爺ちゃんの安全確保は護衛班の人たちに任せることにする。
戦闘では距離によってスカイキャリバーとソニックウェーブを使い分けて攻撃。一匹ずつ確実に落とせると楽になると思う。
持ち物はロープ、ランプ、油と、出来れば出発前に爺ちゃんに話を聞いて覚えてる範囲で地図を描いておきたい。あと、爺ちゃんが疲れた時のために暖かい飲み物も。
● 剣の魔法剣士・カイ(c01549)
【心情】
危険だとわかってはしても、大切な人と過ごした大切な場所が忘れられないってのは正直良くわかる。
引き受けたからには必ず無事に、行って帰ってこよう。
【行動】
護衛班として、バドさんの側について行動。
まずはバドさんの安全第一に。
前方は先行班の皆が居てくれるから、後方や側面について、自身のポジションによってその方向を警戒しつつ進みたいところ。それと、先行班の皆からの合図にも気をつけつつ。
もちろん仲間と連携をとりながら、その時々で最善と思える行動をとるよう心がける。
【戦闘】
バドさんから離れ過ぎず、敵が攻撃範囲に入ってきたら迎え撃つのを基本に。
常にバドさんの位置に気を配りつつ、怪我をさせたり危険な目にあわせないよう注意を払う。
灯りを消さないよう気をつける。
【到着後】
目的地がどれだけ綺麗に残っているか心配。
もし廃墟でも、前向きに思い出につながる何かを一緒に見つけられたらいいなぁ。
● エアシューズのスカイランナー・ネモ(c01893)
バド殿は、必ず目的の場所へ連れて行く。
事前に経路をざっと確認し、わしは先行班として足場の確認と敵の警戒を
高所も道無き道も得手じゃ、が、バド殿はそうもいくまい
耐久力等よく調べ、無用な敵を呼び寄せぬよう落石等の物音にも注意する
後続とは「互いが目視出来る程度」か無理なら「大声が伝わる程度」の距離で
合図は無駄な消耗を防ぐよう適宜、前ばかりでなく護衛班からの合図・異変にも留意
必要に応じ明かりと望遠鏡も併用する
…老体には辛かろう、皆で休息も挟むならば周囲への警戒をしておこう
戦闘は極力回避じゃが、避けられぬ時はわしは足止めを
基本は遠距離からの攻撃で様子を見つつ、仲間に害が及びそうなら近距離で援護
地形も利用し、敵足元や頭上を崩す等の変則的な攻撃も有用であれば織り交ぜる
旧市街、目的の家に着けたならば
周囲の安全を確認の後、共に訪れて良いならばバド殿の言う木を見たいと思う
そして1つバド殿の許可を得たいのじゃが…
● エアシューズのスカイランナー・サリア(c01928)
■バドさんを護衛する班から先行し周囲の様子を探ります。高い所に登るのは得意だから、高い所にがあったら登って辺りを見回すのもいいかもしれません。…あ、でも建物は老朽化が進んでいるんでしたよね。気をつけなくちゃ。
■そうそう、進む事が決まった道につまづきそうな感じの岩とかあったら、脇に避けておいた方がバドさん、歩きやすいですよね。
■クワガタ人を見つけたら笛で知らせる…でしたよね。うんっわすれないようにしなくちゃ。
■クワガタ人と遭遇した時は…確かクワガタ人って頭のクワで攻撃してくる事もあるって言っていたけど…そしたら、上空からの攻撃(スカイキャリバー)はやめておいた方が安全ですね。遠距離(ソニックウェーブ)を混ぜつつ、上空以外を攻撃しようと思います。
● 太刀の城塞騎士・アズラム(c02358)
【探索】
基本的な道は依頼主たる彼から聞くとしても、人が離れて経ち獣人の姿があると耳に聞く場所だ。
容易な道程ではないだろうから気を引き締め、辺りへと気を配りながらも彼の傍を離れぬように進もう。
携えた太刀はいつでも抜けるように。進行を楽にするようなことは出来ないけど、変わりに奇襲への備えは任せてくれ。
【戦闘】
戦いが始まれば彼の安全はその傍らに立つ仲間を信じて任せるよ。
だから俺は人を護るべき『騎士』として、その身を前に一歩『踏み込み』、構えを直しては『防御を固め』、向かい来る敵を『直突き』、この身を抜けようとするならその進路を塞ぐべく『振り下ろし』、そして隙あらば『渾身の一撃』を叩き込む。
その身を盾に、簡単に後ろへは抜けさせやしないさ。
敵が疲労を隠せなくなってきたら確実に仕留めるためにも、太刀使いの動きで参らせてもらおう。
そこまで来たら自分の疲労も気にせず、ただ脅威を振り払うべく戦うさ。
● 杖の星霊術士・フィリス(c03471)
思い出に浸りたいというおじいさんの願いを叶えたいと強く思っているので、マスカレイドは出てこなくても力が入っています。
[準備]
ダンジョンみたいだということなので、明りを用意しますね。靴は歩きやすいものを。あとはお茶。
[移動中]
先行確認してもらっていても、背後や横から急に出てくるかもしれないと周囲を警戒しますね。
[戦闘時]
位置は後衛。行動の優先順位は、おじいさんの回復>メンバーの回復>マジックミサイルで攻撃
スピカ召喚の目安はダメージ合計が40程度。
マジックミサイルの目標は手負いの敵を優先。
護衛が急襲された場合、大声をあげて先行メンバーに伝えます。
[たどり着いたら]
大きな木を眺めながらおじいさんがシリアさんとの思い出に浸れるように、2人分のお茶を用意します。
● 剣の狩猟者・シィン(c04158)
◆目的
敵を退け、バドを下層地区旧市街の
思い出の家まで連れていくこと。
◆戦闘前・中
足場確認・索敵を主とする先行班と
バド護衛班の二班に分かれて行動。
灯かりを携帯する。
班の距離は目視できる程度にし、
事前に決めた合図で意思伝達。
敵発見後は、可能ならば迂回。
無理な場合は先行班で対応しつつ、
護衛からも応援にまわる。
但し1、2名はバドの傍に控え警護にあたる。
班編成は、先行:ヨシノ、オルカ、サリア、ネモ
護衛:イチア、トウカ、フィリス、カイ、アズラム、シィン
私は中衛に位置。
敵が現れたら、近距離ならば十字剣で切り払い、
遠距離ならばファルコンスピリットで迎撃。
バドが襲われそうになった場合は、
ダッシュで十字剣を発動し攻撃から庇う。
◆戦闘後
もしも、家が倒壊している場合は下手に慰めず、
バドの心が落ち着くのを辛抱強く待つ。
家や木が無事でバドが思い出に浸っているようなら、
邪魔をせずに少し遠くから見守る。
● エアシューズのスカイランナー・ヨシノ(c04548)
心情
ボクもおじーちゃんの大切な木、見てみたいなぁ
お家はどのへんか、聞いておかなきゃね
皆で絶対に無事に送り届けてみせるよ♪
先行班で、オルカ、ネモ、サリアと行動
身軽に全身を使い小さな足場も確保
戦闘を避ける為に出来るだけ声や音はたてずに進む
護衛班との距離
見通しの良い場所→互いが目視出来る遠距離
入り組んでいる場所→大声が伝わる程度の中距離
先行中
・バドが進めそうな道の探索(瓦礫等が少ない道を探す)
・合図は出発前に決めておき、状況に合わせ「このまま進行」「一時止まれ」「隠れろ」「合流」を伝える
・危険な生物との遭遇はできる限り避ける
発見→迂回できそうなら迂回
無理→戦闘へ、後方に知らせる
戦闘
まずは笛を鳴らして後方へ合図を送る
遠距離攻撃で敵との距離を確保しつつ攻撃
仲間と連携を大切にする
「ジャマ、しないでってば!」
戦闘は苦手だけど素早っこさでカバーする気
笛と灯り(点灯が自在。最小限の使用に留める)を持っていく
<リプレイ>
●思い出への道放棄された旧市街は、静かだった。
建物が崩れ、橋は抜け落ち、とても人の住める様子ではない。しかし明るさは十分にあり、照明を持つ必要はなかった。
「結構、変わっちまってるみたいだな」
手にした紙と周囲を見比べながら、暗殺シューズのスカイランナー・オルカ(c01500)はため息をつく。
初めての依頼に張り切る彼は、まず老人から話を聞き、地図を作った。暮らしていた当時の情報を、元にして。
しかしいざやって来てみれば、街は様変わりしていた。かつての大通りは瓦礫で塞がり進めないし、シンボルだった広場の像は両腕が折れている。
進む方向の参考にはなるから、決して無駄ではないけれど。街の様子を語ってくれた老人を思い、オルカは来た道をちらりと振り返った。
その横で、道の岩を脇へと動かしていたのは、エアシューズのスカイランナー・サリア(c01928)。
「私、高い所に登るのは得意だから、あちらから辺りを見てきますね」
微笑みながら指し示したのは、周囲で最も高い建物。
「あ! ボクも探すよ!」
身軽さには自信があるからと、エアシューズのスカイランナー・ヨシノ(c04548)は声を上げるや動き出した。
小さな足場も見逃さず、くるりと回りながら、上へ上へ。
「ふふっ、走るのって楽しいなぁ」
とん、と軽い足取りで建物の上へ辿り着き、ヨシノは笑顔を浮かべる。
サリアも屋根まで登りきり、2人は崩壊の少ない道を探しはじめた。
やがて少女達の決めたルートは、エアシューズのスカイランナー・ネモ(c01893)が丁寧に調べていく。
「わしらは高所も道無き道も得手じゃ、が、バド殿はそうもいくまい」
進む道を決める先行班の4人は、皆スカイランナー。だからこそ、なおのこと老人の身を考える必要がある。
そこへ聞こえる、高い笛の音。それは、事前に決めておいた護衛班からの合図だった。
「どうやら、休憩するようじゃな」
探索から周囲の警戒へと、意識を変えるネモ。オルカとサリアも、足を止めた。
その横でひとり、ヨシノは落ち着かずに辺りをきょろきょろ見回す。
「早くおじーちゃんの大切な木、見てみたいなぁ!」
明るい声に、皆もうなずき、微笑んで。
「そうじゃな。バド殿は、必ず目的の場所へ連れて行く」
一同は、後ろを振り返り、護衛班とバドを思った。
●護るべき老人
「よし、返事があった。それじゃ休もうか」
返ってきた合図を聞いて、杖の星霊術士・トウカ(c00806)は皆に声をかけた。
護衛班の一同はうなずき、バドを近くのベンチへと座らせる。
「大丈夫ですか?」
オルカから託された飲み物を差し出して、シールドスピアの魔法剣士・イチア(c00979)が尋ねる。
休憩を提案したのは、彼だった。大切な思い出を無事に見るため、疲れないよう気遣うことも忘れてはいけない。
「あぁ、ありがとう。おいしいよ」
カップを受け取り、表情を和らげるバドに、今度はトウカが言葉を紡ぐ。
「バドさんの昔の話とか、聞きたいな……」
今が幸せなのもいいことだけれど、思い出もすごく大事なものだから。
バドのかたわらに立つ太刀の城塞騎士・アズラム(c02358)を見れば、彼も携えた太刀の柄から手を離さぬまま、うなずく。
「奇襲への備えは、任せてくれ」
一同の視線が、バドに集まる。
周囲を警戒し離れたところにいた剣の魔法剣士・カイ(c01549)と杖の星霊術士・フィリス(c03471)も、その場で耳を傾けていた。
「では、少しだけ。この辺りまで来ると、見覚えのある建物も多くてな。本当に、懐かしいものだ」
思い出を語るバドの瞳は活き活きとしていて、かつての市街の様子が、エンドブレイカー達の目にも浮かぶようだった。彼の家へと辿り着けば、もっと鮮やかに、思い出が蘇るのだろう。
「おじいさんの願い、絶対叶えます」
バドの話を聞き、フィリスが改めて決意を固める。
「大切な人と過ごした、大切な場所が忘れられないってのは、良くわかるよ」
カイも、言葉を続けて。引き受けたからには必ず無事に、行って帰ってこようと誓う。
口には出さないけれど、剣の狩猟者・シィン(c04158)の胸にも同じ思いが宿っていた。思い出の家を目にしなければ、バドは前に進めないのだろう。覚悟の上での願い事だから、彼女はこうして引き受けたのだ。
彼らの決意は固く、その姿は頼もしく。バドは嬉しそうに、深く腰を折ってありがとうとつぶやいた。
その時だ。語り合う彼らの耳に、穏やかではない物音が飛び込んできた。
「先行班かっ?」
いち早く反応したのは、先を行く仲間からの連絡に気をつけていたカイだった。
次いで聞こえた笛の音は、確かに戦いの合図。
「迂回は無理だったようね……応援に向かいましょう」
シィンの言葉に、一同はうなずく。
「気合入れて、頑張らないと……」
トウカのつぶやきは、皆の胸の内と、同じであった。
●道を切り拓くために
クワガタ人3体と出くわした先行班は、先に戦闘をはじめていた。
「ボクを捕まえられるカナ?」
からかうように笑い、飛んで跳ねて、逆立ちして。身軽な動きから、ヨシノは衝撃波を繰り出す。
続けてサリアも、その足からソニックウェーブを放った。彼女の攻撃は敵を確実に狙い、防御を許さない。
遠距離からの攻撃を続ける2人に対し、オルカは敵を誘うように、攻撃しては離れてを繰り返す。近付くことで自然とクワガタ人の攻撃が集中し、腕の殴打が、クワの力が、彼を傷つけていく。しかし、それはオルカの狙い通り。いくらかの攻撃は無効化できているし、この程度ならば、大丈夫。
「この辺なら、多少暴れても平気かな、っと」
敵をうまく誘導して、辿り着いた先は広場だった。瓦礫も比較的少なく、戦うための足場もある。ここならば、自由に動ける。
「待たせたな」
護衛班が駆けつけたのは、ちょうどその時だった。
カイとトウカがバドを守るように立ち、他の4人は、クワガタ人を倒すべく、武器を構える。
「バドさん、ちょっと危ないかもしれないから、俺の後ろに居てね」
振り返ることなく、トウカが老人へ告げる。その背中に、バドは頼むと一言答えた。
「すぐに回復を!」
フィリスは杖を振るい、星霊スピカをオルカへ向かわせる。腕をきゅっと抱きしめるスピカの力が、彼の傷を癒していく。
その間にも、クワガタ人は攻撃を止めない。
狙われたのは、ヨシノ。加速しまっすぐに、敵はクワを構えて彼女を襲う。
「っ、ジャマ、しないでってば!」
傷を負いながらも、彼女は叫び、回転を加えた攻撃を浴びせる。
重ねるように、イチアの反撃。仲間を傷つけられた怒りからか、その瞳は冷たくクワガタ人をにらみつけていて。
言葉は発さず、静かなる高速の一撃。それは敵の脇を確実に狙い、深手を負わせた。
エンドブレイカー達の攻撃は止まない。さらにオルカが、頭目がけてシューズの刃をまっすぐに振り下ろす。鮮やかな連携攻撃。クワガタ人はたまらずその場に倒れた。まず、1体。
ふうと息をつき、次の敵へと視線をうつすと、そいつはバドの方を見ていて。
危ない、と誰かが声を発するより早く、シィンが駆けた。間に割って入るように接近し、その手の剣で、十字の軌跡を描く。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやらよ」
続け様に、カイの剣が突き刺さり、トウカの放った魔法の矢が敵を撃つ。
バドを守るように気を配りつつも、エンドブレイカー達は攻撃を浴びせ続ける。
やがて2体目が倒れ、残りの1体にも疲労が見えてきた。
最後の攻撃は、アズラムのもの。防御を固め、その身を盾にし戦っていた彼は、確実に仕留めようと太刀のアビリティを繰り出す。
一度鞘に収めたその刀を、抜き放ち、一閃。鋭く素早いその一撃は、クワガタ人の体力を残すことなく奪い去った。
そして一時の沈黙。戦いが終わって、仲間達は健闘を称えあい、無事を確認して胸を撫で下ろす。
エンドブレイカー達の力の、道を切り拓こうと言う想いの、勝利だった。
●懐かしき我が家
脅威を払えば、後はただ、目的地へ向かうだけ。バドの記憶を頼りに、一同はそろって家を目指す。
「なんか色々あったけど、終わりよければすべてよしっていうしね。……あ、あれじゃないっすかね、目標の場所」
トウカが、前方の家に気付き、指し示した。バドの思い出話を熱心に聞いていた彼は、家の特徴もよく記憶していたのだ。
「おぉ、そうだ、あれはまさしく、わしの家……!」
バドは目を見開き、駆け出した。エンドブレイカー達もそれに続く。
そして、辿り着いたその場所は、ほとんどその面影を残してはいなかった。
全壊、と言えるだろう。屋根は落ち、壁は崩れ去り、もはや家屋と呼べるものではない。
「…………」
しばしの沈黙が降りる。
その可能性を、予測していた者もいた。カイは思い出に繋がるものを探し、シィンはバドの様子をじっと見守っている。
老人は、ため息混じりに、小さく言葉を紡ぐ。
「あぁ、よかった。お前は……お前は変わらず、生きていたんだな」
家の側に立つ立派な大木に、そっと手を伸ばして。つぶやく声は穏やかで、落胆などはなかった。
その晴れ晴れとした顔を見て、エンドブレイカー達にも、笑顔が戻る。
「それじゃ、俺はちょっと、その辺を見てくるな」
安心したのか、カイは仲間に声をかけ、その場を離れる。彼もまた、幼い頃過ごした街を放棄した過去がある。あの場所は今はどうなっているのだろうと、1人ぼんやりと考える時間がほしかったのだ。
彼を見送った後、同じく下層出身のオルカが、バドに話をせがんだ。
「俺、爺ちゃんにいろんな話を聞いてみたいんだ」
「そうか、ならば懐かしい話をしてやるぞ」
笑顔のバドに、フィリスがそっと用意したお茶を手渡して。オルカも、残っていた飲み物を皆に振舞った。
当時も、この木の下でお茶会をした話。妻の作る菓子が、どんなにおいしかったかという話。
老人の思い出話に耳を傾けながら、ヨシノは瞳を閉じ、その情景を思い浮かべる。
サリアも、若い頃の夫婦の話に、うなずいて。
「バドさんと奥さん、とても素敵な思い出を作ってきていたんですね。私にもそんな人、いつか出来るかしら……」
「あぁ、できるとも。この世界に必ずいるさ」
うっとりと言う彼女に、バドは誇らしげな笑顔で答えた。
「バド殿、ひとつ許可をいただきたいのじゃが……」
話に一段落ついたところで、ネモが老人に声をかける。
手にしているのは、庭のものと同じ葉のついた苗木。彼はそれを、庭に植えたいと願い出た。
「ここでひとりぼっちの木も寂しかろう。共に寄り添える仲間を、と思うのじゃが」
立派に育つものを持ってきたと、ネモは笑う。
アズラムもまた、ネモと似たことを考えていた。彼は庭の木の側で太刀を一閃、そこにあった若木を切り落とすと、バドへ手渡す。
「これを彼女へ……シリアさんに届けてもらえますか?」
苗木にすれば、今の家でも、育てることができるだろうから。
「願わくばお2人の側で、いつまでも育んでいってください」
2人を見て、サリアも思いついたように、大木から葉を数枚、持ち帰る。
「今も元気なこの木の葉っぱで、栞を作ろうと思うんです。できたら、受け取って下さいね!」
「あぁ……ありがとう。みんな、すばらしい土産だ……」
エンドブレイカー達の優しさに触れて、バドの瞳から涙がこぼれる。
そんな彼の肩を、シィンがそっと叩いた。
「今、貴方はひとりではない筈よ。ね、思い出して。貴方を愛してる家族は奥様だけだった?」
優しく穏やかな彼女の声に、バドは涙をぬぐって答える。
「いや、わかっているよ。最愛の妻はもちろんだが、息子も、嫁も、孫も、わしは愛している」
老人のまっすぐな瞳を見て、エンドブレイカー達はうなずく。
そう、だから帰ろう。『思い出の』ではなく、『今の』我が家へと。
思い出と感謝を、その両手いっぱいに。
エンドブレイカー達と老人は、帰路でも思い出話に花を咲かせ、そして無事に我が家へと帰りついたのだった。