<水のバラード>
■担当マスター:愛染りんご
●湖心の影粗末な木製の舟は穏やかな湖面を行く。
ふたりの漁師が仕掛けていた網を引くと、天井から降り注ぐ光を浴びて、銀の鱗をきらきらと輝かせる魚たちが跳ねた。この魚たちは、煮ても焼いても美味いと評判だ。市場に持っていけば、それこそ飛ぶように売れるだろう。男たちは今日の戦果を確認し、満足げな笑みを交し合う。
そのとき、不意に彼らの表情に疑問が浮かんだ。
違和感の正体は真下にある。
いつしか舟より大きな影が湖に生まれている。直後、船底に衝撃が来た。動転する漁師たちが何もできないでいる間にも、再び、舟を持ち上げるような衝撃が加えられた。
「うわああああっ!?」
悲鳴は、舟が真っ二つに割られた轟音で掻き消される。
水の上に立つ術を失った漁師たちが、渦を巻いた湖水に飲まれる。
彼らは救いを求めるように手を伸ばした。しかし、水面から突き出された指先は硬直する。
青みがかった水に赤黒い血が、ゆっくりと、けぶるように染み出していく――。
●一角の魚
舟を襲った影の正体は巨大な怪魚だ。
湖岸から悲劇を目撃した者たちは、みな一様に、とある詩を思い浮かべたという。
「その湖周辺の集落に伝えられる童謡があるんです」
竪琴の魔曲使い・ミラが澄んだ声音で口ずさんでみせる。独特の拍子を持つ音色は、どこか昔懐かしい。詩は、湖に現れる白の大魚と、その大魚に襲われた漁師たちの悲劇を語っていた。
もちろん、詩の魚が現実に現れるはずもない。
廃墟が立ち並ぶような地域に続く、どこかの水路から紛れ込んだのだろう。
だが、伝承に重なる点があるというだけで、親しい者を失った人々の心は容易に沈んだ。
「皆さんはとても怖がっています。当然ですが、漁に出る船はひとつもありません」
脅威が湖に存在する限り、人々は明日の糧を得られない。
けれど、いずれは無茶を承知で舟を出そうとする者も現れるだろう。
「私は、集落に住んでいる漁師さんの瞳に『エンディング』を見ました」
彼女が見たものは――。
その漁師たちが舟を出し、怪魚に襲われてしまう未来。
ミラは悲しげに眉を寄せながら、気づいた限りのことを言葉にした。
怪魚の肌は、雪のように白いという。鱗のない代わり、分厚い脂肪は頑丈な鎧となるだろう。額に生えているねじれた角もまた、肌と同じように真っ白だ。その角が繰り出す突きをまともに喰らえば、たとえ体力に秀でた者でもただでは済まない。
舟を壊すとき、怪魚は直接、身体をぶつけてくる。舟は当然、そう何度も耐えられるつくりをしていないし、運が悪ければ一撃で沈むこともあるようだ。
また、尾びれを叩きつけることで怪魚は強い衝撃波を作り出せる。
水中に伝わる威力をもろに受ければ、身体がしびれてしまいかねないし、水上にいても、その衝撃で起きる大波に舟が揺さぶられる。
「詩の中で、大魚は勇敢な旅人に倒されることになっています」
エンドブレイカーなら、きっと、その大役も担えるはず。
この事件にマスカレイドは関わっていないけれど、恐怖が放たれたまま命を脅かしていると知って、誰が放っておけるだろうか。
「『魚を倒しにきた』と言えば、舟は借りられるはずです」
だが、漁師たちが使っている小舟はどう頑張っても5人までしか乗れないという。
「その……。舟で湖に出ても、壊される可能性が高いです。だから、あまり多くの舟を借りてしまうと、今後の漁師さんたちの生活が大変なことになるかもしれません」
いくつ借りるかは考えどころかもしれませんね、とミラは言い足した。
ぎゅうぎゅう詰めで乗り込んでも身動きは取りにくい。その後、ただでさえ足場が不安定な水上戦が控えていることを考えると、ますます悩める問題だ。
さらに、舟が壊れてしまえば水中戦を始めるしかない。移動の速度でも、呼吸の必要でも、相手に有利な環境となる。だが、敵が直接、攻撃を仕掛けてくるタイミングに合わせれば、こちらの攻撃も当てられるはず。泳ぎ回る怪魚を舟の上から狙うより、意外と効果的に戦えるかもしれない。
「あの……」
ミラはとても優しい笑みを浮かべる。
「息継ぎ、頑張ってくださいね」
それは彼女の話を聞き終えたエンドブレイカーたちの目に、『湖に平和を取り戻さねばならない』という強い意志を見つけたためだ。頼もしさに心が震えて、ミラは思わず胸を押さえる。
今の湖畔に歌う子はいない。
だが、もうすぐ童謡は暖かな意味を持つ詩に生まれ変わる。
人を殺す恐るべき怪魚の物語は、人を救った勇者たちの伝説になる。
誰の瞳を覗かなくても、そんな未来が見える気がして、ミラはますます頬を緩めた。
●マスターより愛染りんごです。エンドブレイカーの皆様には初めてお目にかかります。 ●成功条件 怪魚を倒すこと。 ●戦闘について 怪魚は全長5メートルほどの大きさで、湖の中央付近に出没します。 舟を借りて向かうことになると思いますが、借りる数は、エンドブレイカーが必要と判断した数になります。特に指定のない場合は『全員が乗り込めるだけの舟数』になります。 敵は基本的に水中を泳いでいます。舟の上からでは捕捉できない場合もありますし、距離次第で攻撃が届かないこともあります。その他、注意点などはオープニングに書かれています。 ●その他 基本的に「やりたいこと」をしてくだされば最良です。 頑張ってください。 そして、楽しんでください。 愛染りんごでした。 |
<参加キャラクターリスト>
● 太刀の城塞騎士・アオイ(c00538)
● 杖の星霊術士・リグレット(c00787)
● 剣の城塞騎士・グラヴィス(c00970)
● 大鎌のスカイランナー・シグ(c01647)
● ハンマーの群竜士・マリーベル(c01920)
● 大剣の魔獣戦士・コンラート(c01946)
● 竪琴の魔曲使い・ハルテ(c03658)
● アイスレイピアのスカイランナー・ヴィレイア(c03775)
● 杖の星霊術士・スピネル(c04782)
<プレイング>
● 大鎌の星霊術士・ツキムラ(c00507)
○
村人たちの平和のためにもしっかりと魚を倒さなければなりません
ですが、体長5メートルの魚とはどんなものなのでしょうか
○準備
早朝に出発
舟は3隻、ついでに浮き輪も借りれるようならば人数分借りる
○作戦
Aの舟とBの舟が先行
Cの舟は2隻の後を追うような感じ
A、Bがそれぞれ囮兼攻撃役、Cの舟は後方から攻撃や回復
A、Bに魚の注意が行くようにCの舟は約15m後方につける
Cの舟はハルテ、スピネル、リグレット、ツキムラの4人
消耗している人や泳ぎが得意でない人を優先的に浮き輪を使う
浮き輪が借りれなかった場合は壊された舟の破片などに捕まる
○戦闘
Cの舟は後方担当なので遠距離アビである、星霊スピカをメインで使う
GUTSが少ない人、状態異常の人をを優先的に狙う
近距離アビの黒旋風は魚が攻撃範囲内に入ったら使用する
GUTSが70以下になったら黒旋風に切り替える
私だけがCの舟では近距離アビが使えるので、他の3人を護るように戦います
● 太刀の城塞騎士・アオイ(c00538)
怪魚か……早々に片付けて、漁師の方々が安心して漁に出られるようにしなければな。
借りる舟は3艘。
俺はコンラート、ヴィレイアと共にBの舟に。
誰も言い出さない場合は舵取りは俺がやろう。
作戦通りに舟を動かしつつ、視線は湖の中へ。
怪魚の影を確認したら全員に警戒を促す。
囮として潜っているヴィレイアと交代した方がいいと思った場合もしくは本人が望んだ場合には代わりに水中へ。
「流石に水浴びにはまだ辛い時期だな……」
体力の消耗を避けるためにも早めに決着をつけないと。
基本的に、舟の上では【ディフェンスブレイド】で待ちの姿勢。
水中では交錯の瞬間を狙って【居合い斬り】を使用。
舟の上でも水中でも、正面からの直撃は避けられる様かつ囮としての役割を果たせるように立ち回りには十分注意する。
無事に倒せれば漁師の方々に舟を貸していただいたお礼と、壊してしまった場合にはその謝罪を。
共に戦った皆には感謝と、いつか再会の約束を。
● 杖の星霊術士・リグレット(c00787)
●事前準備
早朝に怪魚が出た村へ。
舟を3艇拝借。その際に、借りられるようであれば浮き輪も3つお願いする。
●C舟メイン作戦
A舟…グラヴィス、マリーベル、シグ
B舟…アオイ、コンラート、ヴィレイア
が先行し進み、続き
C舟…ハルテ、ツキムラ、スピネル、リグレット
が出発。
C舟は、シグさんが囮として潜るAとBの停止位置よりも後方(回復が届く位置)で停止。
魚の標的から外れるよう、漕いだりはせず極力静かに待機。
●戦闘
魚の影が捕捉できる限り、対象目掛けマジックミサイルを。
・味方が負傷した場合
水中の人を優先に、重複掛けが必要そうな怪我でなければガッツの消耗を抑える為に
ツキムラさん、スピネルさんと声掛けをしながら星霊スピカで癒す。
・C舟が破壊、沈んだ場合
浮き輪or壊れた舟の木板に掴まり、回復>攻撃の優先で能力使用。
● 剣の城塞騎士・グラヴィス(c00970)
作戦は朝実行、皆様と共に船三隻借り、マリーベル(c01920)さんとシグさん(c01647)と共に船Aに乗ります。
三つの船は魚出現可能位置からA舟、B舟と並び、後にC舟と続く
自分は基本的に船上で戦闘。
船上では他の人の邪魔にならず、船のバランスも保つようにたつ
波が来たら体を低くして船を安定させる
敵が現れていない、見失った時は常に水面の波紋と水面下の状況に注意。
敵が確認したら、すぐ味方に知らせる。
こちらは迂闊に動かず、陣形を保ちながら敵が来るのを待つ。
守りを固め、敵がこちらに再接近したら「ディフェンスブレイド」と「十字剣」で交互に一気に打ち出し
瞬間最大ダメージを狙う。
船が破壊されたら、動けるのなら他の皆様、特に後衛を守るように陣形取りながら戦う。
身動き辛いのなら同じく守りを固めてカウンターを狙う。
戦闘時は常に仲間、敵の位置を注意し、必要なら情報を皆様に教える
行動に矛盾がありましたら他の方を優先して合わせます
● 大鎌のスカイランナー・シグ(c01647)
●舟を3艇拝借
また後衛さんの溺れ防止に浮き輪も3つ出来れば拝借する。
●戦闘前
舟の配置は、魚を出現させる位置から
A舟、B舟と並び、後にC舟と続く。
僕はA舟。
囮になる人は
僕(代打マリーベル)
ヴィレア(代打アオイ)
万が一、僕とヴィレアが囮作戦中ダメージを受け
戦闘不能になった場合、代打の方に出て貰います
先に潜るのは僕、続いてヴィレア。
付かず離れずの距離を保ちながら
水中の怪魚を散策。
●戦闘時
水中で怪魚がこちらを認識したと、認識した場合
ライトで合図をします。
僕に気をひいている敵に、先に攻撃をしかけるのはヴィレア続いて僕。
スカイキャリバーを放ち、敵を水面へ押し上げることを試みます。
舟が破壊された場合
後衛等水中で戦うのが不利な人は、浮き輪や浮き木に
捕まって戦って頂きます
僕は引き続き水中で人とぶつからないようにタイミングを見てスカイキャリバーを撃ちます
出来そうであれば、魚の上に飛び乗り脳天を刺すことを試みます。
● ハンマーの群竜士・マリーベル(c01920)
■準備
舟は3艇借りる
ABは横並びで配置
ABの間は舟2艇分位にし攻撃し易くする
Cは後方に配置
舟A→グラヴィス・マリーベル・シグ
舟B→アオイ・コンラート・ヴィレイア
舟C→ハルテ・ツキムラ・リグレット・スピネル
■作戦
魚は櫂を水面に叩きつけ&囮が水中に入りおびき寄せを試みる
囮役が負傷し囮継続が困難な場合
代打と囮役を交代
囮役→シグ・ヴィレイア
シグの代打→マリーベル
ヴィレイアの代打→アオイ
■戦闘
▽自分が舟上に居る場合
魚が舟に接近した所を狙う
パワースマッシュを使用し攻撃
▽自分が水中に居る場合
無理に移動せず敵の接近に合わせ攻撃
機動性・敵BS攻撃を考慮し竜撃拳を使用
舟ABどちらかが水上に残っている場合は
そちらに魚を誘うよう位置取り
舟Cには魚の注意が向かないようにする
囮役の時も同様に行動
▽共通
舟が壊れてしまった後
泳ぐのが困難なほど消耗した場合
浮き木等に掴まり戦闘する
仲間との距離に注意
互いに攻撃・移動の障害にならぬようにする
● 大剣の魔獣戦士・コンラート(c01946)
決行は早朝
借りる舟は3(各ABCと呼ぶ)
俺はBに搭乗
水中戦の邪魔になりそうな物は外して乗り込む
ABは接近させて湖中央まで進む
漁にきた舟に似た感じで動き
会話やオールで水面を叩く等適度に音を出し
敵の注意を惹くように行動
敵が出てこねぇ時は囮役が潜って誘き出す
基本は舟漕ぎや舵取り役、囮役が消耗等で必要なら囮も交代
水面下の影や波等の変化に注目して
敵を発見したら周囲に知らせるぜ
敵が出現したら戦闘開始
他舟が襲われたらそちらに急行
舟が無事な内は船上から攻撃
敵が最も近付く瞬間を逃さないように周囲と連携
激突される直前を狙うぜ
舟が壊れたら水中戦
残る舟の近くを守るように泳ぎつつ戦う
この時は特に孤立に注意
基本ビーストクラッシュをメインに使うが
最後の舟が壊されそう・味方が孤立しそう等の緊急時は
吹き飛ばしで時間を稼ぐ狙いでワイルドスイング
水中で深手を負った奴や消耗した奴、麻痺した奴は
残ってる舟や残骸等の足場に避難させる
● 竪琴の魔曲使い・ハルテ(c03658)
□出発時間
朝
□交渉
怪魚を絶対倒すので、舟を三艇と、できたら浮き輪も貸してくれないかと交渉
その際、もしかしたら舟を壊してしまうかもしれないのでその時は許してほしい。と事前に謝っておく
□作戦
借りた舟三艇をそれぞれABCとすると、ツキムラ、スピネル、リグレットと一緒に舟Cに乗る
舟Cは舟Aと舟Bの後について行く形で進む
できるだけ静かに漕ぐ
舟Aが囮として、バシャバシャと水面を叩きだしたら、いつでも攻撃できるように竪琴を構え待機
□戦闘
怪魚が囮に食いついたら、状態異常を起こす技を最初に使う(マヒ、防御封じのどちらか)
一番厄介な角を折るため角を狙って攻撃する
時々怪魚の意識を前衛陣から数瞬逸らす程度の牽制を行う
水中戦になった時も舟の上で戦っていた時同様、角に攻撃していく
角が折れたら、ヒレを傷付けるように攻撃する
舟上での攻撃が通じないときは前衛陣の様子を見て、大丈夫と判断したら水中戦に切り替える
● アイスレイピアのスカイランナー・ヴィレイア(c03775)
舟は3艘借りる。借りれるなら浮き輪も3つ。
アオイ、コンラートと同じ舟に乗る
シグの乗る舟 A
自分が乗る舟 B
ハルテの乗る舟 C
とする。
浮き輪が借りれた場合はCに積む。
AとB並んで進み、その後ろ、少し離れた位置でCが続く。
シグが飛び込むのに続いて飛び込み囮になり、シグの後ろに続いて魚を探索。
シグの合図を確認し、
魚の下からスカイキャリバーでAとBの間の水上に追い込むように攻撃。
狙えるならシグと連携を図る。
どちらかが息継ぎに行ってももう一方が攻撃を続けられるようにしておく。(2人同時に攻撃を止めないようにする)
魚が水上に上がり次第氷結剣に攻撃方法を変更。
引き続き水中・水上から攻撃を続ける。
極力魚がCの方に行かないようにする。
魚が潜ったら再び下からスカイキャリバーで上に追い込む。
水中で囮になってる間に攻撃を受けて自分が戦闘不能になったらアオイに交代してもらう。
● 杖の星霊術士・スピネル(c04782)
■目的
怪魚の討伐
■行動
出発は朝、日が昇る頃
借りる舟は3艇
借りられるなら浮き輪も人数分
A・B・Cの3班に分かれてそれぞれ乗船
A・B両班が先行
C班が遠距離攻撃の届く程度の距離を置き、後を追う形
A・B班が魚を誘き寄せ、C班は支援と遠距離攻撃及び負傷者の避難場所として機能
私はC班
戦闘は杖による遠距離攻撃を担当
攻撃時はC班に魚を近寄らせない為、舟自体はなるべく揺らさない様に
周囲に常に気を配り
GUTSが3/5を切っている人、状態異常の人がいたら
即座に星霊スピカによる回復を
GUTSの消耗を抑える為リグレットさん・ツキムラさんと声かけし合いながら回復を分担
攻撃よりは回復を重視
攻撃は他の方の体力が十分なときにのみ行い
A・B班で酷く消耗、或いは気絶した人がでた場合
C班の舟に避難させ
空きを作る為C班メンバーが欠員のでた舟に移動
舟が壊れた場合
借りられれば浮き輪、無理であれば舟の破片に捕まり
水上での動きを確保
潜る羽目になりましたら…頑張ります
<リプレイ>
●朝の湖畔天井から降り注ぐ光がまだ淡い早朝の頃。
浅く霧がかった湖上が柔らかに照らされる姿はどこか幻想的でさえある。
その水際に佇む男がひとり、ふあ、とあくびを噛み殺す。大剣の魔獣戦士・コンラート(c01946)は目を瞬かせ、冷えた湖に指先を浸した。
朝は苦手だ。
眠気を払うように顔を洗う。
ばしゃばしゃと跳ねた飛沫が水面に波紋を描いた。
「……いっちょ作るか」
この美しい光景に相応しい伝説をひとつ。
朝食の準備もまだなのか、煙突から灰色の線が立ち昇るより早く、アイスレイピアのスカイランナー・ヴィレイア(c03775)らは、舟の持ち主と思しき民家を訪ねた。
「俺たちで怪魚ぶっ倒してくるから!」
だから安心してほしいとヴィレイアが告げる。
すると、突然の来訪者に動揺していた一家も歓喜の声を上げた。きっと漁業を日々の糧としていたのだろう。その切実さを感じればこそ、彼は、なお強く敵を倒さねばと感じるのだった。
ぼんやりと視線を中空に当て、竪琴の魔曲使い・ハルテ(c03658)は要望を説明する。
借り受けたい舟は3隻。壊してしまうかもしれないが許してほしいと伝えれば、さすがに漁師も表情を曇らせる。本当に倒してくれるのか。舟を失うだけで終わりはしないか。
逡巡の後、彼は承諾の意を返してくれた。
彼の持ち舟は1隻しかないが、他の漁師にも話をつけてくれると言う。
大鎌の星霊術士・ツキムラ(c00507)は念のため、浮きも借りられたらと頼んでみたが、人が溺れないように掴まれるほど上等なものは、この集落のどこの家にもないそうだ。
だが、エンドブレイカーの意気はくじかれない。
まるで時が経つのも惜しいとばかり舟に乗り込む。
敵が現れる大まかな位置は判明していた。コンラートが湖中央を目指すよう仲間たちを促せば、ちょうど同じ舟に乗る太刀の城塞騎士・アオイ(c00538)が浅く頷いて舵を取る。再び人々が平穏に暮らせる毎日を得るため、怪魚を早々に片付けねばと水中に視線を向けて索敵する。ヴィレイアは呼吸を整え、仲間の動きを見遣りながら、作戦の始まりを待った。
別の舟上でその視線を受けた大鎌のスカイランナー・シグ(c01647)は、これから怪魚を切り刻まんと闘志のみなぎる瞳を細めて笑う。たとえば、水中でカンテラが使えたなら合図も簡単だったのに。囮を担う舟の傍に魚を出現させる、と始めから敵の位置を決められたならもっと優位に事が運ぶだろうに。願いは幾つもあるけれど、可能限りで最善を求めた作戦通りに動くだけだ。もし自分が戦闘不能になれば代打を頼むと話しかければ、ハンマーの群竜士・マリーベル(c01920)は唇の端を持ち上げる。
「そしたら交代……っつか溺れてるよな」
豪快に言い切られ、せやね、とシグも思わず笑った。同乗する彼らの会話を聞きながら、ふと剣の城塞騎士・グラヴィス(c00970)は黒剣の柄を握りしめる。
「美しい場所に悲劇は似合いません」
ぽつりと零すのは紛うことなき本心だ。
音を響かせるなら、恵みをもたらす自然をただ謳歌する詩が良い。人々の恐怖を掻き立てるような、不穏を孕む感傷の影は必要ない。自身の根幹に触れるひとつの約束を、彼は静かに呟いた。
「悲劇に、終焉を」
舟は波を越えて湖を行く。
●水面の影
先行する2隻を緩やかに追うのは、支援を担う4人の舟だ。
杖の星霊術士・リグレット(c00787)は水音も立てないよう、不用意に魚の気を惹かないよう、神経を尖らせていた。ツキムラも仲間の舟との距離を一定に保つため注意を払う。身を乗り出せば、青いリボンで結わえた白い髪が水面を撫でた。
静寂を守るように口を閉ざしたまま、ハルテも竪琴を抱えて戦いに備える。
これまで湖に縁がなかった杖の星霊術士・スピネル(c04782)は、真剣な表情で水に覆われた場所からの遠望を眺め続けていた。新鮮さに感動するより、緊張のほうが今は強い。
繰り返させるものかと思うのは人の命が奪われる結末。
やがて舟は速度を落とす。
先行した片側の舟に乗るコンラートは、怪魚を誘い出すため、オールで水面を叩いてみた。誰もが慎重に水面を見たが、すぐには敵影を発見できなかった。もう少しだけ待てば、もしかすると姿を現すかもしれない。しかし、シグは特にためらわず、精悍な身体を湖に踊らせる。直後、ヴィレイアも続いた。
囮の消耗は懸念のひとつ。
数人が気遣わしげな色を瞳に湛える。単に武装した状態で泳ぐだけなら話も容易い。エンドブレイカーたる者、武具の扱いには慣れている。問題は、敵が有利な領域に踏み入る点だ。
探索というほどの時も置かず、彼らは迫り来る白い影に気づいた。
ふたりは視線を交わし、飛翔を思わせる動きで敵を迎え撃つ。
彼我の交錯が過ぎ、水に赤黒い血が染み出す。
角が刻んだものを察知して後方の舟からリグレットが声を上げた。ぎりぎり援護が届くように位置したつもりが、舟同士ならばともかく、水中に潜る仲間との距離は予定より開いてしまっている。彼らはあわてて舟を戦場に近づけた。
直後、ツキムラとリグレットは、仲間の傷を治癒するため、星霊スピカを解き放つ。ハルテは僅かばかり寂しげに眉を寄せ、水中の白い影に向けて魔曲を奏でた。手向けになればと紡げば、闘志を奪うかのように穏やかな音が響き渡る。スピネルは強張った腕で杖を振るい、光で形作られた幾条もの矢を降らせる。
湖面を打った攻撃は同じ数だけの水柱を生んだ。
彼らは、人に許されない速度で泳ぐ怪魚をたびたび湖中に見失う。舟がさざなみを受けて漂う間も、水の下では当然、激しい攻防が続けられていた。回復の手は決して緩められないが、それでも重ねられる攻撃を前に、囮役であるシグとヴィレイアの体力が確実に致命の域へ近づいていく。
やがて、水が描き出すものを必死に睨んでいたグラヴィスが機を掴む。刃の届く距離を敵が横切る瞬間、固めた守りはそのままに、己の身体ごとぶつけるような一閃を振り落とした。
人々の生活を脅かす存在を放っておけるはずがない。
この敵は必ずや倒さねばならない。
金の瞳に強い意志を宿し、マリーベルもまた、無骨な槌を力任せに叩きつける。怪魚が苦痛にのたうつと音を立てて水が弾けた。怪魚の怒気と殺意は戦の様相を激化させていく。
●波間の角
アオイが振るう太刀の切っ先は敵の白い背を掠める。
同時、彼の乗る舟は甲高い音を立て、半ばから折れた。冷えた水に飲まれながらも、アオイの表情は変わらない。ただ、水浴びはまだ辛い時期かと内心に思う。同じく足場を失ったコンラートは、舟に体当たりした直後の怪魚を逃さず叩いた。魔獣の爪を現した片腕を振るい、喰らいつかんばかりの攻勢に出る。敵に対する容赦ない殴打は、逆に彼自身の傷をすっかり癒してくれた。
水中に没した者が増えたことで怪魚の的も増える。
舟を守らんとして動く彼らに攻撃は分散するが、最も白の影に近い位置に存在し続ける囮役の体力は、今にも尽きてしまいそうだった。ヴィレイアの黒い瞳はやがて警戒の色を強くする。息継ぎを要する水中にいるためだけでなく、呼吸が苦しくなるようだった。けれど、攻撃の手を止めることなく、彼は冷気を帯びたレイピアの氷刃で襲い来る敵を切り裂いた。
それでも怪魚の勢いは止まらない。敵の頭上から攻撃できればと思うが、素早く泳ぐ背に、水中から乗ろうと試みても叶わない。舟の上から飛び込みがてら攻撃すればと閃くも、大鎌を持つ腕を白き角で貫かれた痛みは、シグに自身の限界を伝えていた。
後方支援を行う舟から、スピネルが避難を呼びかける。
なんとか泳ぎ着いた彼らを引き上げるため、5人しか乗れない舟からひとりが水中に飛び込んだ。恐れを見せず湖に浸かったハルテに、スピネルはもうひとつ残っている舟に移動するよう勧める。だが、彼女らは牽制程度とはいえ攻撃していたし、何より囮となって敵と交戦したふたりが逃れてきたのだ。もはや充分過ぎるほど、怪魚の意識を惹いてしまっている。
今はこの舟が狙われている。
察するハルテの背筋に寒気が走った。
だが、もう1隻の側に誘導しようと水中の仲間たちも奮闘する。その成果もあり、突撃する魚の軌道は少しばかり横に逸れてくれたが、舟の横腹には角に削られた痕がありありと残された。逆に、支援の舟に敵が近づいたことを利用し、ツキムラは黒き旋風を巻き起こさんとする。頭上から全力を傾けて振り下ろされた大鎌の刃は、確かに、怪魚の傷をまたひとつ増やした。
共にいる仲間を守りたい。
集落の平和な日常を取り戻したい。
願うほど、倒さねばならぬと強い使命感が胸中に燃えた。
そして暴れ狂う怪魚の尾びれが、したたかに湖面を打ちつけた瞬間。
戦場に波が届けられる。実際の流れより恐ろしいのは放たれた衝撃波だ。水に触れていた者たちは逃れがたい痺れを受け、浮かぶ舟は激しく揺さぶられた。グラヴィスは舟の安定を始めから気にかけていたし、あわてることなく身を低くして転覆を防ぐ。だが、ぎりぎりまでの人数が乗り込んでいる後方支援の舟からは、ひとりが振り落とされてしまう。運悪く体勢を崩したリグレットが派手に水飛沫を上げた。
囮側の舟に残っていたマリーベルは自ら飛び込む。
支援者たちに魚の注意が向かないよう、果たすべきことをしなければならない。つい先程まで乗っていた舟を背に、自ら誘うようなつもりで挑発じみた怒声を上げる。偶然か必然か、やがて魚は彼女らのほうに向けて泳ぎ出す。動きにくい水中での攻防はやはり怪魚に利があった。
互いが触れる瞬間、鋭い角が彼女の肩を裂いていく。
だが、彼女の『竜』を込めた一撃もまた、敵の鼻面に叩き込まれる。そして、舟の上に佇んでいたグラヴィスの剣もまた十文字の傷を白い身体に深々と刻みつけていた。
●新たな詩
水中戦に心が慣れ始める頃。
コンラートは仲間の舟に迫る道を阻もうと試みる。
敵の殺意が向けられると、恐れを感じる代わり闘志が増した。激突の刹那、彼は水ごと断ち割らんという勢いで大剣を薙ぎ払う。互いの肉が抉られて血が噴き出した。赤い煙にまとわりつかれる、息もできない冷たい世界はただ暗い。言い知れないみじめさが押し殺せず、閉じたものまで意識の表層に溢れていく。歯を食いしばり、空気を求めてもがくのは、大嫌いなものから抜け出すため。
湖から顔を出した彼のもとに、スピネルの放った星霊スピカが現れて、濡れた頭を撫でると共に癒しの力を与えてくれた。続けて、リグレットのかざした杖から魔法の矢が生み出される。水中に刻まれた光の軌跡は白き影を貫いた。そして、動きの鈍った怪魚とアオイの影が交差する。
相応の体力を消耗しているのはどちらも同じ。けれど、怪魚は水を掻いたに留まり、戦いを終えるための抜き打ちが、ねじれた一角すらへし折った。互いの血煙は、ゆるゆると青い水に線を描き出す。
全身に無数の傷を負い、白い怪魚は静かに湖底へ沈んでいく。
こうして、ついに戦闘は終わりを告げた。
グラヴィスは息を零すと長剣を鞘に収め、この世に生きたひとつの命に祈りを向ける。濡れた風が乾いた金の髪を踊らせ、じき訪れようとしている昼を知らせた。ハルテもまた、指先で竪琴を優しく撫でながら、安らかな眠りをと無言のままに紫色の眼差しを伏せる。
リグレットは身体の力が抜けていくのを感じていた。
仕留めたという安堵から意識が遠くなりかける。沈みかかる青年の首根っこを、コンラートが掴んで水面に持ち上げた。誰ひとり、引きずり込ませるつもりはないのだ。リグレットは我に返ると、迷惑をかけないよう、あわてて自力で泳ぎ始める。
「ところで」
アオイは視線を水中に落とした。手が届かないほど遠い湖底に、今もまだ白い影を見つけられる気がするのは、水の揺らぎに錯覚しているだけか。自問しながら不意に呟く。
「表面の脂肪を削ぎ落とせば調理できるだろうか」
「どうせなら食いたいが……」
貧乏性な自覚のあるコンラートも微妙に同調した。
だが、引き揚げるのはかなりの手間だろう。何より、あの怪魚を目にして悲しむだろう人の存在も感じられる。自分の家族を喰らった敵など見たくもないはずだ。刺身を土産にするのは無理かと、シグも脱力したまま、いささか残念そうに頷いた。
彼らが上陸する頃、後方で使っていた舟が浸水し始めた。
ここまで無事に帰り着いてくれたことが信じられない、幸運なタイミングだった。エンドブレイカーたちを迎えた集落の人々は、彼らこそ真の英雄だと口々に讃え、勝利の知らせに感極まった様子で手を叩いた。舟を借り受けた感謝と壊してしまった謝罪を述べると、アオイは改めて、壊れた箇所の修理を手伝わせてほしいと望む。漁師たちにしてみれば、助けたいという親切な心が何よりうれしい。ありがとう、ありがとう、と繰り返し礼を返された。
「これでみんな、安心して漁ができるな」
いずれ美味い魚を食べてみたいとマリーベルが笑う。もちろん人々とて、英雄にできるだけのご馳走をしたいのは山々だった。今は干物くらいしかないが、この湖畔は再び良い漁場としての姿を取り戻すはず。縁があればぜひ訪れてほしいと、彼らはエンドブレイカーたちに胸いっぱいの感謝を語る。
湖の戦いは激しいものだったが、人々の笑顔を見れば疲れも吹き飛ぶ。
たくさんの想いに見送られ、彼らはとある湖を後にした――。