<花嫁の弟>
■担当マスター:雪白いちご
●白い悲劇それは結婚式当日、花嫁控え室での出来事。
白いブーケを手にした花嫁、アンナは最大の幸福に包まれていた。綺麗なウェディングドレスを着て、愛した人と結婚できる未来を間近に感じていた。そのとき、控え室のドアがノックされる。
「どうぞ?」
開いたドアから姿を見せたのはルーンだった。
年の離れた、まだ小さい弟。
ルーンは彼女に訊ねた。
「お姉ちゃん、本当に結婚するの?」
「ええ、そうよ」
幼い頃に両親を亡くした姉弟は、今日まで2人で助け合いながら、貧しい中を生きてきた。
アンナの結婚相手はとても優しい人で、弟のことも引き取ってくれると言っている。
だから結婚しても2人が離れ離れになるわけではない。
しかし……。
「お姉ちゃんは僕を捨てるんだ」
ぼそりと呟いた弟の声は妙に不穏な響きを持っていた。
「ルーン。どうしてそんなこと言うの?」
「だって、そうでしょう」
アンナはすっかり驚いてしまった。
弟はとても聞き分けの良い子で、こんなわがままを言って、姉を困らせたことはなかった。
いつもとは違う剣呑な態度を取りながらルーンはぶつぶつと呟いた。
「それくらいなら、それくらいなら……」
そして、彼は顔を上げる。
「お姉ちゃんを殺して僕も死ぬ!」
ルーンの顔にはいつしか仮面が張りついていた。
腕は見る間に漆黒の刀身へ変化していく。
直後、悲鳴が上がった。そして、白いドレスは朱に染まった。
●花嫁の弟
「――という『エンディング』が見えたんだよ」
杖の星霊術士・アミナはしょんぼりと肩を落とした。
「普段のルーンくんはとてもいい子なの。……ちょーっとお姉ちゃんが大好きすぎるとこはあるかもしれないけど、お姉ちゃんをひとりじめするために殺すなんて、そんなこと!」
ありえないはずのそんなことが起きてしまう原因はひとつ。
彼が棘(ソーン)に憑依されてマスカレイドになってしまうためだ。
「だけど、今ならまだ救うことができるはずだよ!」
彼がマスカレイドになるのは、花嫁控え室を訪ねた直後。その前にルーンと接触して、説得することができれば、彼の心はマスカレイドになることを拒絶するはずなのだ。
「ルーンくんは直前まで、結婚式場のお庭のベンチで座ってるみたい」
建物から影になっている場所で、人目につきにくいらしい。
行動を起こすならここがいいだろうとアミナは言う。
「説得のポイントはやっぱり『お姉ちゃんが大好きなこと』かな?」
彼自身の本心は姉を殺したくないはずだ。
姉のことが大好きなら、それだけ姉のことを大切に思っているはず。
そして、姉もまた結婚したとしても弟を大切に思う気持ちは変わらないはず。
この辺りを上手く突くことができれば説得はきっと成功するだろう。
「それでね」
アミナは真剣な顔で言う。
「説得に成功してもマスカレイドは、彼の意志を無視してムリヤリ出現しようとするんだよ」
このとき、ルーンの意識は失われている。
だがマスカレイドを倒しさえすれば彼を無傷で助けられるのだ。たとえ、アンナたちが戦いの音を耳にして駆けつけたとしても、彼が無事でさえあればいくらでも言いつくろうことができる。
ただし、説得に失敗していた場合は戦闘後、そこに彼の遺体が残ることになるだろう。もし、そんな結末になってしまったら、他の人々に見られる前に急いで現場から離れなければならない。
「なんとか助けてあげたいよね……」
マスカレイドは黒い刃となった両腕を振り回し、切れ味の鋭い攻撃を仕掛けてくるはず。
説得がどんな結果を生むにしろ、戦いは油断できないものになるだろう。
「もし、ルーンくんの今後にアドバイスがあるなら伝えてあげて」
たとえば義理のお兄ちゃんにどう接すればいいのか、とか。
「新しい家族が増えるのは素敵なことなんだって、ルーンくんに気づいてほしいな」
素敵な未来を期待して、アミナはにっこり微笑んだ。
●マスターより初めまして、雪白いちごと申します。●成功条件 ・マスカレイドを倒すこと ●依頼内容 ルーンへの説得は、オープニングからヒントを読み取って頂ければと思います。 マスカレイドは、顔に仮面が現れています。 また、剣で切りつける他に、剣を振るって衝撃波を起こし、その場にいる全員を標的とすることもあります。が、その場合、威力は劣ります。 どうぞよろしくお願いします。 |
<参加キャラクターリスト>
● 太刀の魔法剣士・グラキエース(c00493)
● 大鎌のデモニスタ・レモン(c01556)
● 大鎌の星霊術士・ヤマト(c01568)
● 大鎌のデモニスタ・ノイエ(c02414)
● 盾の城塞騎士・クオリア(c03232)
● トンファーの魔獣戦士・シャラ(c03272)
● 剣の魔法剣士・セルジュ(c03829)
● 大鎌のデモニスタ・ダレル(c04449)
● 弓の狩猟者・チフユ(c05318)
<プレイング>
● 竪琴の星霊術士・ライラ(c00444)
★説得
たまたま通りかかった冒険者という形で話しかけてみようかと思っておりますの。
まずは第一陣として接触させていただきます。
ルーン様にどうしてここにいらっしゃるのか、何か悩みがありそうに見受けられますがという感じでお話を聞けたらと思いますわ。
その時は必ず目線を合わせるように心がけますわ。
うまく話を聞き出せたなら第二陣の方たちも呼んで一緒に説得したいと存じます。
呼ぶ際には竪琴を左手から右手へと持ち替えて合図をさせていただきます。
「ルーン様はお姉様が大好きですか?それと同じようにお姉様もルーン様のことが大好きだと思いますの」
★戦闘
戦闘時は後方へと下がり、竪琴で攻撃を行っていきますわ。
誰かが倒れる直前のダメージを受けた時のみスピカを召喚して傷を癒しますわ。
「私の竪琴の音を聞いていただけますか?」
「星霊スピカ、癒しの力を…」
説得が失敗したうえで戦闘になった場合は終了後、すぐにその場を離れますわ。
● 太刀の魔法剣士・グラキエース(c00493)
■説得
大型武器なので第二陣所属
第一陣ライラたちの合図を待って、自然な様子を装って合流
説得の際には「結婚は姉を幸せにする」「結婚したことを理由に姉が弟を捨てることはない」ということを力説する
高圧的な物言いになるかもしれないので、なるべくしゃがんで、向き合って話すようにしたいと思う
「少年、キミは姉が幸せになるのを祝福してあげるつもりはあるのだろう?」
「なら、その気持ちを持ち続けるがいいよ。年長者として言えることは、あとは【結婚で、これまでの絆は決して壊れない】ということかな」
■戦闘
前衛で太刀による攻撃
もちろん全力だ
HPが危なくなればライラやヤマトに援護要請をするかもしれない
「―ーすぐさまこの場を去るがいいマスカレイド! きさまらの仮面は私たちエンドブレイカーが打ち砕くぞ」
● 大鎌のデモニスタ・レモン(c01556)
【心情】
唯一の家族を自分の手でっ…なんて、悲しいエンディングは絶対迎えさせないんだよっ!
【説得】
ボクは第一陣っ、他の一陣の皆と同じように通りがかった冒険者の役だね。
まずは具合が悪いのか心配した感じで声を掛けるよ、絶対目を見てっ!
打ち解けられたらライラさんに合図はお任せ、竪琴が見えやすいように傍には居ない方がいいかなぁ?
皆と合流出来たらボクも説得を続けるよっ!
「ボクにはもう家族が居ないから大切な人がもう一人出来るお兄ちゃんが羨ましいなぁ」
「お姉さんはお兄ちゃんを置いてけぼりにしようとしてるんじゃないと思うっ!」
【戦闘】
ヤマトさんに預かってもらってた武器をもらったら後衛へ。
デモンフレイムで前衛の皆を支援するよ、だけど前衛の皆が二人突破されたらボクも前衛に出て大鎌で攻撃っ!
【終了後】
説得が成功でも失敗でもすぐにその場から離れますっ。
成功ならいつかボクにも家族が出来るかな…とか考えるかも。
● 大鎌の星霊術士・ヤマト(c01568)
【心情】諭すんじゃない。わかってやるんだ。その寂しさを。
【接触】
レモンの武器を預かっています
1陣からの合図あるまでテラスなどの物影へ
チフユが竪琴を持ち替えるのが合図で、合流。竪琴とルーンを注視。マスカレイド化した場合、飛び出す
話し出しは、他の物に任せよう
ルーンの前にしゃがみ「寂しいよな。俺も姉が結婚した時、同じ気持ちだった。今はその義兄さんと釣りに行ったり、楽しいぞ。でもな、その義兄は釣りが下手なんだ」と、ん?という感じに笑いを誘います。そして、ルーンが笑ってくれたら、その笑顔をもっと引き出すように、俺ももっとニカっと笑おう。
【戦闘】:前衛
「こっちがおまえのだ!」
レモンに武器を渡します
大鎌の回転防御、中心。その間に仲間達が倒してくれればいい
仲間の誰かがHP半減した時点で後衛に下がり、回復へ
成功「お姉さんと、そして、これから増える家族を大切にするんだ」
失敗「おまえの心を救ってやれなかった…」
● 大鎌のデモニスタ・ノイエ(c02414)
なるべく人目を避けて現場へ向かう。ルーン君から見えず、且つ人目につき難い場所で合図があるまで待機。合図がきたら、1陣の方々を捜していたという風を演じて彼に接触します。「やっと見つけ…た。勝手に動いたら…ダメ。」といった感じで。合流した時点でルーン君がまだ納得していないようであれば、こちらも説得を試みる。「お姉さんは、あなた…を見捨てたりしないはず。だって、家族…なんだから。もっと信じてあげてほしい…な、お姉さんのこと。あと、新しくできるお兄さんのこと…も。家族の絆は、とても強い…から。」「私の家族はもういない…けど、今でも、絆…を感じる。」
大鎌には布を巻いて偽装します。第一陣の武器は希望者がいれば預かります。
戦闘は後衛からのデモンフレイムを主とし、必要と有らば前に出て黒旋風で攻撃します。相手の攻撃は鎌で受け、衝撃波は鎌でなぎ払う様に打ち消す。
● 盾の城塞騎士・クオリア(c03232)
現場へはなるべく人に会わない経路を選択
第三者と接触があれば城塞騎士という職業を活かし『巡回中』としておきますね
まず年齢の近い者達で少年に接触
希望者がいれば第一陣の武器を預かり、私自身は第二陣として目立たぬ場所に控えていますね
説得中は合図があるまで基本待機
少年の様子を注意深く観察し、マスカレイド(以下、仮面と表記)化が見て取れれば仲間との合流を判断します
戦闘:
デフィエンスブレイドで防御を固めつつ仮面と対峙
後衛を守るように立ち、星霊術士などGUTSが最も少ない仲間を優先して庇います
前衛突破や逃走など動きがあればシールドバッシュで攻撃し、仮面の行動を妨害するよう立ち回りますね
君はお姉さんが信じられない?
二人で助け合いながら今まで生きてきたんだろう
君達が歩んできた道を振り返れば、君がお姉さんにどれだけ愛されているか判るはずだ
君を捨てるだなんて、お姉さんの想いを弟の君が否定してしまうのかい?
……違うだろう?
● トンファーの魔獣戦士・シャラ(c03272)
ルーン君が完全にマスカレイド化し、彼のお姉さんを殺めるのを食い止めましょう
ルーン君に接触するまでは、彼に見つからないように静かに行動するよう気をつけて行きます
まずは彼から見えず、かつ会場から見えにくい場所を探しましょう。念のため、誰も来ないか見張ります
合図がきたら、1陣の方々を捜していたという風を演じて彼に接触します
こちらに居たのですか、と声を掛ければ自然でしょうか
一陣の方の話を聞いてお姉さんの結婚を「おめでとう御座います」と祝います
姉の心が変わるのを恐れているようなので
結婚式という区切りを迎えたとしても、彼女達の心は大きく変わるか、彼等の互いへの想いは前からあるもの、今変わるものではない。それと同じように、あなたへの想いが変わることはない
ということを話しましょう
戦いの際は前衛で彼の前に立ち、ビーストクラッシュを主に使って行きます
相手の攻撃は片手のトンファーで受け流すか受け止めましょう
● 剣の魔法剣士・セルジュ(c03829)
第一陣の人からの合図があるまでは
ライラちゃんの竪琴が確認できる範囲内で離れた場所に隠れることにする。
剣は目立たないように軽く布ででも巻いておこうか。
ライラちゃんの合図が見えたら第二陣の皆と
保護者を装ってルーン君に接触する。
接触したらルーン君を皆で説得。
俺は…そうだな、経験談でも話そうか。
昔妹が生まれた時の話。
両親はずっと妹に構いっきりで子供心にすごく悔しかったけど、
両親は妹の世話で疲れてるはずなのに一緒に遊んでくれたこと。
妹がやってきて失ったものは何も無い、
逆に新しい大切な人が増えたということ。
戦闘が始まったら剣を構え、積極的に前へ出て戦う。
攻撃を当てられるタイミングで確実に当てていく。
両腕を振って衝撃波を起こすんだったな。
その時に多少振り方がいつもと違っているかもしれない、
動き方を把握できれば相手の次の行動が予測して
効率よく戦えそうなんだが…
● 大鎌のデモニスタ・ダレル(c04449)
通りすがりの子供達を装い1陣で少年に接触、少年に同調し彼の警戒を解く
2陣合流後は知り合いを装い少年の境遇を含め少年を2陣へ紹介
説得は「俺が知ってるこの話に似てるな」とルーンの境遇をまねた自作の物語を話す
子供なら物語には興味を持ってくれるかもしれない
あらすじは「結婚式を邪魔しに来た悪魔に花嫁の弟が誘惑されるが、弟の強い心と花嫁花婿3人で悪魔を撃退し幸せになる」という物
「悪魔に誘惑されても姉の本当の気持ちは弟が一番良く知っていたんだ。だから誘惑に負けず3人で悪魔を倒すことが出来た!」
基本的に、結婚したら大好きなお姉さんを守れる味方が増える、それは心強いという方向で話す
これなら兄とも上手くやれるだろう
武器は警戒されないよう2陣に預けてある、マスカレイド化が始まったら受け取り後衛へ
全体の衝撃波に注意を払い、後衛からデモンフレイムを使う
ルーンに負担が掛らない様可能な限り急ぐ
最悪ルーンが死んだ場合は逃げる
● 弓の狩猟者・チフユ(c05318)
>説得
庭へはルーン君に気付かない風を装い
素敵な場所発見……あやや、先客さん発見なのです
初めましてと、小さく膝を折ってお辞儀
名乗ることも忘れずに
とてもいいお天気、お隣よろしいですか?
なんて、他愛のない話から始めましょう
彼の話には同調を示すよう心がけ
そうだよね……チフユが同じ立場なら、同じ気持ちになると思うな
心境・事情把握完了後、武器を左手に持ち替え
タイミングはライラさんと同時に
第2陣の方々が来たら、彼に仲間を紹介します
こういうのは、年長者に意見を聞いてみるのもいいかもしれません
ねぇ、どうでしょう?
可能ならば、彼自身から事情説明出来るよう促し
説得失敗の場合は即座に、控えている方々を呼びます
>戦闘
マスカレイド化開始次第即時後退、立ち位置は後衛
序盤は確実性でファルコン、終盤は威力を重視し弓射撃に切り替え
>一言
お姉さんとは出来なかった遊び
お兄義さんにおねだりしちゃえばいいのですよ
だって兄弟ですもの
<リプレイ>
●婚礼の日祝福を与える鐘の音が鳴り響いている。
白い結婚式場の裏には、綺麗に刈り込まれた芝生が広がっている。
「素敵な場所、発見――」
弓の狩猟者・チフユ(c05318)は弾む声を上げて庭に駆け込む。
彼女は視線の先に、ベンチに座る少年の姿を見つけて、ぱちりと目を瞬いた。
「あやや、先客さんなのです」
相手がルーンという名の少年だと承知の上だ。
だが、彼女は警戒を浮かべることもなく、「初めまして」と微笑みながら、しゃがむように膝を折り、丁寧なお辞儀をして見せる。結われた漆黒の髪がふわりと揺れた。
「お隣よろしいですか?」
「う、うん……」
他愛ない様子を装うチフユに、少年は戸惑いながらも頷いた。
いきなり現れた少女のことを困惑した眼差しで眺める彼に、チフユと共に庭を訪れたひとり、竪琴の星霊術士・ライラ(c00444)が次の問いを投げかける。
「何か悩みがあるように見受けられますが……」
少年は言いよどむ。
いきなり見ず知らずの人間に悩みを明かすのは抵抗があるのだろう。
「もしかして具合が悪いのっ?」
ライラの反対側から、大鎌のデモニスタ・レモン(c01556)が心配そうに訊ねる。
双方から目線を合わせようとされて、少年は困ったようにうつむいた。悪い人たちではなさそうだと判断したのか、やがて彼は結婚を控えた姉のことを話し始める。
きっとお姉ちゃんは僕のことなんていらなくなっちゃったんだ。
「もしチフユが同じ立場なら、同じ気持ちになると思うな」
少年の苦しげな呟きに、彼女は小さく頷いてみせる。
不安に染まっていた彼の瞳が安堵の色を浮かべる。否定されるよりずっといい。この間に2人のエンドブレイカーが、さりげなく竪琴を持ち替え、現状を見守る仲間たちに合図を送った。
「俺は奇遇にも、それと似た物語を耳にした覚えがあるな」
格好をつけながら前髪を掻き上げる大鎌のデモニスタ・ダレル(c04449)の言葉が興味を惹いたか、ルーンは彼に視線を向ける。ダレルが語り始めたのは、結婚式を邪魔しにきた悪魔は花嫁の弟を誘惑するが、弟は心を強く持ち、花嫁花婿と3人で最終的に悪魔を撃退し、幸せになれるというものだった。
ルーンはますます不安そうな顔になる。
「どこが似てるの? もしかして……」
お兄さんたちが悪魔なの?
ダレルの目線では、マスカレイドになりかけている少年の姿が、物語とぴったり重なるように見える。だが、そんな事実を知らないルーンは、初対面の4人に微かな不審を抱いたようだ。
「とにかく!」
ダレルはまとめに入る。
「姉の想いは弟が誰より知っていたのだ」
だから悪魔の誘惑に負けなかった。
彼の話を聞き終えた少年は、姉さんの気持ち、と呟いてうつむいた。
「……お姉様が大好きですか?」
少年が頷くのを見て、ライラは優しく微笑んだ。天啓の真意を探るため前に進みたいと思うし、何よりこの少年が大切な人を殺してしまう結末も見たくない。改めて意志を強く持ちながら、きっと同じように姉も彼のことを大好きだと思う、と彼女は告げた。
しかし少年は信じられないのか、どうしてわかるの、とぼそぼそした声をもらすばかりだ。
●式の片隅
「お姉さんは置いてけぼりにするつもりじゃないと思うっ!」
悲しいエンディングは絶対に迎えさせない。
その想いから、レモンは強い口調で言い切った。彼女は自分が失った記憶の中に、今は思い出せない大切なものを感じている。だから、なおさら現状を放っておけないのだ。
「ボクには家族がいないから……」
大切な人がもう1人増えるルーンが羨ましいと彼女は言う。でも、と少年は言いよどんだ。彼にとって、新しくできる義理の兄は歓迎できない存在だからだろう。大好きな姉を守るための味方が増えれば心強いのではないか、とダレルが言い添えれば少年は意外そうな顔をする。そんな考え方もあるのかと驚いているようだ。
そのとき、トンファーの魔獣戦士・シャラ(c03272)が、少年の傍にいる4人こそ探していた相手だというように声をかける。大鎌のデモニスタ・ノイエ(c02414)も、やっと見つけたと言うような態度で、他の4人と共に庭へ現れた。
「ねぇ、どうでしょう?」
彼女たちを仲間だと紹介してから、チフユは名案を思いついたように言う。
「こういうのは年長者の意見を聞いてみるのもいいかもしれません」
提案されたルーンは逡巡の後、承諾した。
事情を聞いたシャラは、まず姉の結婚に対して、おめでとうございますと祝辞を述べる。
すると、素直に喜べない少年は悲しそうな顔をした。きっと少年の姉は誰より、弟に結婚を祝ってもらいたいはずなのに、とシャラは胸が痛む思いだった。
大好きな人が周りからも愛されるのは素敵なことだと気づいてほしい。
そう願い、結婚式という区切りを迎えても彼らの想いが変わることはない、それと同じように、彼女から少年への想いも不変だと伝える。だが、少年は不安を募らせた。姉と相手が愛し合った事実こそ、自分を捨てられる理由ではないかと案じているのだろう。
「……いいか?」
太刀の魔法剣士・グラキエース(c00493)は、ルーンの前にしゃがみ込む。
そして彼と向き合ったまま、結婚は姉を幸せにするものだと告げた。
「キミは、姉の幸せを祝福するつもりはあるのだろう?」
ルーンはまだ頷かない。
だが、否定しないのは彼女の指摘が真実だからだ。
「他に年長者として言えることは……」
前置きしてからグラキエースは断言した。
「結婚は『これまでの絆を決して壊さない』ということかな」
愛する人と結ばれることを理由に、姉が弟を捨てることなどありえない。
彼女の力説に、ルーンの心は動いたようだ。
「ほんとに……?」
希望を瞳に宿して訊ねた彼に、グラキエースは力強く頷いてやる。
「君は、お姉さんが信じられない?」
穏やかな口調で盾の城塞騎士・クオリア(c03232)が訊ねた。数分前まで疑心暗鬼に捕らわれていた少年は、そんなことない、と迷いながらも小さく主張する。ノイエは、自分もお姉さんはあなたを見捨てるはずがないと思う、と詰まりながらも一生懸命に語りかける。
「だって、家族……なんだから」
もっと信じてあげてほしい。
「家族の絆は、とても強い……から」
それはたとえ離れても、もう会えなくとも、変わらず感じられるほど強いもの。
●弟の核心
「今まで、2人で助け合いながら生きてきたんだろう」
藍色の瞳を細めて、クオリアが事実を確認するように言う。歩んできた道を振り返れば、君がお姉さんにどれだけ愛されているか、わかるはずだ。
「なのに君を捨てるだなんて。お姉さんの想いを、弟の君が否定してしまうのかい?」
ルーンは今、大切な姉を失ったような心境なのだろう。
傍にあることが当たり前で、消えてしまえば強い喪失を感じるような誰かと、生まれて死ぬまでという限りある時間の中で巡り会えるのは幸福だ。クオリアにも『失った』と思う人がいる。声を聴くことも、温もりを感じることも、二度と叶わない人。寂しくないといえば嘘になるけれど、生涯、誇りに思える出会いを得られたのだから大丈夫。
今は、失わずに済むものを失いかけている少年を救い出したい。
「……違うだろう?」
少年は答えた。
違うと思う。
確信からまだ少し遠い様子を見て、大鎌の星霊術士・ヤマト(c01568)は彼の前にしゃがみこむ。
諭せるような言葉は持たないが、わかってやることならできる。
「寂しいよな」
俺も姉が結婚したときは同じ気持ちだった。
そう告げると、ルーンは驚いた顔をして「お姉さんがいるの」と聞いてくる。ヤマトは思い出話を聞かせ、けれど今は違うと続けた。義兄と釣りに行くのが楽しいんだと明るい声で言う。
「でもな、義兄は釣りが下手なんだ」
笑いを誘うような口振りにルーンはぎこちない笑顔を見せた。悩みに思い沈むばかりでなく、もっと前向きな気持ちを引き出せたらと、ヤマトは少しわざとらしいくらいの眩しい笑顔で応える。
「オレに姉はいないんだが……」
でも妹がいる、と剣の魔法剣士・セルジュ(c03829)は自らの経験を話し出す。
彼女が生まれたとき、両親は赤子に構いきりで子供心に悔しかった。でも、両親は妹の世話で疲れているはずなのに、自分ともできるだけ遊んでくれた。それに、言葉を覚えてからの妹がどれだけ可愛かったかまで話しそうになり、セルジュは我に返ると咳払いした。
つまり、何を言いたいかというと、と茶の瞳が誠実そうな眼差しを少年に向ける。
「『妹がやってきて失ったものは何もない』ということだよ」
逆に、新しく大切な人が増えてくれた。
ルーンは思うところがあるようで沈黙する。
彼の不安と期待を感じ取り、君が大好きなお姉さんの選んだ人なら、君も大好きになれると思うとクオリアが語りかける。姉を信じるように、その人も信じてみてはどうか。
そうすれば、きっと応えてくれる。
「疑うよりずっと簡単だろう?」
「……うん!」
ついに少年は満面の笑みを浮かべた。
途端、赤い霧が音を立てて彼の身体を包み込む。
憎悪を拒絶した彼の意志を無視してマスカレイドが出現した。顔を覆う仮面は異形の証。黒い刃と化した両腕を振るえば、かまいたちのような衝撃波が四方八方に乱れ飛ぶ。
攻撃はシャラの身体も切り裂いたが傷は浅い。彼女は怯まずに飛び出すと、魔獣化した腕で、全身を赤で染めたマスカレイドを殴りつける。
「もう、悲しいエンディングなんて見たく……ない!」
ノイエは布を剥ぎ取ると大鎌の刃をあらわにした。
マスカレイドに家族を奪われた痛みは今も変わらない。
「ぬしは悪い夢を見ておるのじゃて……」
不意に年老いた口調で呟いたレモンも大鎌を構えた。
すべては少年を解放するため、2人は漆黒の炎でマスカレイドを焼く。
●仮面の血
「去るがいいマスカレイド!」
悲劇は退ける。
グラキエースは高らかに宣言した。
もちろん答えが返る必要はない。彼女は居合い抜きの一閃で、赤い敵を深々と裂いた。しかし、黒の刃も彼女に激痛をもたらす。溢れ出る血に危険を感じて、グラキエースは仲間に援護を求めた。自分のするべきことをしていれば、仲間たちが敵を倒してくれると知っているから、ヤマトは頷いて即座にスピカを放つ。青空色の星霊は、彼女の傷をぺろぺろと舐めた。
「私の竪琴を聞いていただけますか?」
ライラの奏でる不協和音も順調に敵の体力を削る。まだ体勢を立て直しきれない仲間を庇い、クオリアはかざした盾で刃を受け流す。そのまま押し切るように盾で敵を殴りつけた。
「俺の中の悪魔がぁ!」
いきなり叫んだダレルの掌から凄まじい黒炎が噴き上がる。
後衛まで届く攻撃も厄介だが、何よりルーンに負担をかけないよう、急いで戦闘を終えたい。その想いを現すかのような激しい炎が赤い身体を燃やしていく。
剣の重さを肩に感じながら、セルジュも敵のすぐ傍で攻防を続けていた。腕を振る仕草からは何も読み取れないが、恐れることはないとばかりに前へ出る。セルジュが振るう剣の切っ先は、動きが鈍り始めた敵を十字に切り裂いた。
チフユは矢を番えながら凛とした声で言う。
「そんな仮面、あなたには似合いません」
大好きなお姉さんが悲しむよ。
早く笑顔を見せてあげて。
「……私が穿ち砕いてさしあげます」
届かないと知りながら彼女は何度も繰り返し呼びかける。蒼い着物の裾をひるがえしながらチフユが解き放った矢は、充分な威力を発揮してマスカレイドの胴体を貫通した。
刹那、仮面は音を立てて真っ二つに割れ落ち、地面に転がる前に溶けて消えた。
後に残されたのは気絶した、しかし傷ひとつない少年の姿だった。
無事に終わった。
安心したセルジュは大きく伸びをする。ありがとう、とライラは胸中で星霊に伝えた。誰も倒れることなく戦闘を終えられたのは、スピカが頑張ってくれたおかげでもある。グラキエースは仲間たちの健闘を讃え、最善の結果を導き出せた全員の協力に感謝を述べた。
「ルーン!?」
戦闘の音を聞きつけたらしい花嫁と花婿が駆けつけてくる。
傷だらけの10人を見てアンナはとても驚いたが、目覚めたルーンが不思議そうな顔をしながらも、「この人たちは悪い人じゃないよ」と言ってくれたので無用な疑いをかけられずに済んだ。何事もなかったらしい弟の姿に、ホッと息をつく新郎新婦の様子は本当に、仲睦まじく見える。
いつかボクにも家族ができるかなとレモンは少し考えてみた。時が経てば少年も姉とは別に大切な人を見つけるのだろうと思いながら、シャラは3人に幸福な未来が訪れるように祈る。
チフユは、まだ少し混乱している少年に耳打ちした。
「お姉さんとできなかった遊び、お義兄さんにおねだりしちゃえばいいのですよ」
だって兄弟ですもの。
彼女のささやきに少年は、少し照れくさそうな顔で笑った。姉と、これから増える家族とを大切にするよう伝えてから、ヤマトはルーンたち3人に改めて向き直る。
「もしよければ君たち『新しい家族』の絵を描かせてくれないか?」
マスカレイドには作り出せないエンディングを描こう。
彼らの新しい始まりに相応しい、家族の笑顔をキャンバスに咲かせよう。
そんな申し出に3人の『家族』はとても恐縮したが、最後には気恥ずかしげながら、うれしそうな顔をして「ぜひ」と答える。
こうして今日の結婚式は、不幸を作らず、明るい幸せを生むのだった。