〜『妖精騎士の寝所』〜
「これは一体……。スフィクス家とは、戒律に則り死を司る者達では無かったのか……」
スフィクス家の者達によって牢から連れ出されたカシアス老は、今、スフィクス家の中枢にある異様な光景を目にしていた。
それは、数千にも及ぶ、ぼんやりと光る繭のような形状の「棺」たち。
薄い膜のような物質で作られた「棺」からは、中に眠るエルフ達の姿が透けて見えている。
殆どは、おそらくハーフエルフの子供達。そして残りは、武装した騎士達であった。
「どういうことじゃ。スフィクス家は、戒律に反した者を処刑してはおらなんだというのか……」
然り。
突然、頭に激しく強い声が響き、カシアス老は地面に崩れ落ちた。
声の主が『寝所』の奥より現れ、地響きを立てて歩み寄ってくる。
それは、全長10メートルはあろうかという、甲冑に覆われた三頭の巨人であった。
カシアス老を連れ出した男達が、巨人に頭を垂れる。
カシアス老は知った。この巨人こそが、スフィクス家を束ねる『長老』その人なのだと。
「ば、馬鹿な……スフィクス家の長老が、こんな……」
カシアス老の狼狽を無視し、スフィクス家長老は言葉を続ける。
これは『妖精騎士の寝所』。世界樹群を「棘(ソーン)」の汚染から守る装置である。
密告者との戦いにおいて、妖精騎士達は≪戒律≫とこの装置を遺した。棘(ソーン)を滅ぼせぬ身がここまでの封印を施した事は、まさしく賞賛に値する。
「ソーン? 密告者? 一体、何の話を……」
されど、奴等はふたつ見抜けなかった。
生まれながらの穢れし者が寝所で眠れば、その者の棘(ソーン)が世界樹を巡り、逆にエルフヘイムを汚染する事と、寝所の管理者が自らマスカレイドに魂を売る事を……。
「ウグッ! な、何じゃ、儂の肉体が……!」
カシアスよ、汝に妖精騎士をひとり貸そう。
宴も終幕、もはや身を隠す必要も無い。
我らも、最後の収穫を得るとしよう。