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●早朝 〜ノルグランド城壁
リザードマン領北方に広がるモンスター地域。
その地域を解放する大作戦が、同盟の冒険者の総力を結集して行われる事になったのは、結構な事である。
リザードマン軍の奇襲によって滅ぼされた国には、千体を越すモンスターが闊歩し、人々を苦しめていたのだから。
「ノルグランドの防御に残った奴は7名だけか……」
一応の修復を終えた城壁に立った鬼札・デューイ(a00099)は、朝日を背にして前方をみはるかす。
ぎりぎりまで防衛戦の準備に携わり北へ向かった仲間達の無事を祈る気持ちは揺ぎない。
だが……。
「エリーゼの霊視した威力偵察部隊。当然、その背後には本隊が控えている筈だ。情報を漏らせば、どうなるか……」
なお、そのエリーゼは、戦闘の場では役立たずである為、グリモアガード本部長室で皆の無事を祈っているらしい。
「デューイさん、ここでしたか。シファレーン達が出発するので、最後の連携の打ち合わせを……」
七宝の守護を誓う者・アキトキ(a06986)の言葉に、デューイは頷いて、城壁を後にする。
「朝日が目に眩しいぜ」
今日のノルグランドの天気は快晴であった。
だが……。
(「明日の朝日が拝めれば上々だな」)
冒険者達の前途は、厚い雲が掛かっているようだった。
●午前 〜対カディス警戒地域
「あれも……アザリーさんのトラップだな」
リザードマンの狂戦士・エルド(a07547)は、警戒地域上の幾つかの地点を覚えるように移動している。
マジックガンナー・アザリー(a04056)が中心となり、警戒地域の中にトラップを仕掛けられていたのだ。
勿論、冒険者であるカディスの護衛士が、たかがトラップでどうにかなるような事は無い。
しかし、
「トラップを利用すれば、戦闘も多少楽になるだろうからな」
戦闘では、たった10秒の足止めでも充分に効果はある。
逃走する時に、相手が警戒して追ってこなければ、安全に逃げる事もできるだろう。
「まぁ、頼りすぎるのは禁物でしょうけどね」
清雅なる堕天の剣・ヒルド(a07268)は、経験の浅いエルドを軽くたしなめながらも、真剣に位置を確認する。
哨戒活動は3人で行う事になっている、いざ戦闘がはじまれば、城塞側の冒険者と合流して戦う事になるが、その前に全滅するようでは話にならないだろう。
「エリーゼ様の霊視でも、詳しい時間や場所などはわかりませんでしたもの。しょうがありませんわ」
警戒班のリーダーの闇咲き月華・シファレーン(a00676)の言葉に、2人の冒険者は頷く。
カディス勢力側が、霊視という能力をどのように評価しているかはわからないが、霊視とて万能では無い。
冒険者達の助け手ではあるが、最後に物を言うのは、結局冒険者達の知恵と勇気なのだ。
その後、彼らはシファレーンの指示で、砦への抜け道に通じる場所を中心に丹念に調査して回ったが、午前中には、敵を発見する事はできず、ひとまずの帰還を行うこととなった。
●昼 〜護衛士の酒場兼喫茶室
多くの護衛士が出払っている今、この酒場も閑散としている。
そこで、忙しく立ち働くのはアザリーだ。
「貴様、何をしているのだ?」
哨戒活動から帰ってくるシファレーン達の為の昼食作りかと思って見ていた、金色の彗星・ガリウス(a07508)は、アザリーが作る料理を見て疑問を投げかける。
「これはデザートの下ごしらえだよ。ガリウスさんも味見する?」
ニンジンやカボチャなどを使ったデザートは、甘く無く自然の甘さが体に優しく感じられる。
「北から帰ってくる人達を向かえる準備をね♪」
そのアザリーの言葉に、ガリウスはしかめっ面で鼻をならす。
「なんとも暢気なものだな。奴らが戻ってくるまで、ここがあるかどうかわからんのに」
リザードマンの兵士であるガリウスには、祖国の誇り『カディス護衛士団』の恐ろしさは良くわかっている。
実戦で鍛えたその力は……。
「少なくともカディスの奴らは、こんな事はしてないだろう」
ガリウスの言葉に、アザリーは少しだけ考えて、こう答えた。
「そうだね、きっとしないだろうね。でも……あたし達はあたし達だし」
虎には虎の戦い方、猫には猫の戦い方。
そして、希望のグリモアの冒険者である自分の戦い方は、希望の未来が来る事を信じる心……。
希望を信じられなければ、力で負ける前に、心で負けてしまう事だろう。
「それも、まぁ良いか。おっと、そろそろ外の奴らが帰ってくる頃だぞ。デザートの準備も良いが、昼飯も用意してやらんとな」
ガリウスの言葉に、今度はアザリーも慌てて返事する。
「えっ、もうそんな時間なの! ……手伝ってくれるよね?」
結局、ガリウスは料理を手伝う事になったらしい。
●夕暮れ時 〜策略と作戦と
夕刻になっても、警戒を緩める事はできない。
「夜陰に乗じて……とかだったら防ぎきれないだろうな」
城門の警戒にあたっていたアキトキはそう嘆息する。
午後になり夕暮れになり夜になれば……、少人数の冒険者では城を護りきる事はできないだろう。
そのためにも、威力偵察部隊を早期に発見して殲滅しなければならなかったのだが……。
アキトキは、不安と共に警戒を続けるしかなかった。
一方その頃、グリモアガード本部長室では、エリーゼとデューイとが、今後についての作戦を練っていた。
「敵が慎重であるか……。或いは、俺達が見過ごしたかだな」
デューイの言葉に、ノルグランドの霊査士・エリーゼ(a90069)が申し訳無さそうに頭を下げる。
「私が、もう少し詳しく霊査できていれば……」
が、デューイはその詫びを手で制する。
「霊査が不確実なのは、そういう能力なのだからな。あんたのせいじゃ無いぜ」
そのデューイの言葉に、はにかみながら微笑むエリーゼ。
だが、デューイはそんなエリーゼの微笑みに気づかずに、こう続けたのだった。
「それより、一つ提案がある」と。
それは……。
「冗談ですよね。門を開け放つんて!」
夕闇迫るノルグランドの城門で、アキトキは驚きのあまり大声を出していた。
「夜になればヤバイって事は、お前も判ってるだろ。ここは、俺を信じろ」
デューイが提案したのは、いわゆる空城の計であった。
「安心しろ、死ぬ時は一緒だ。ま、この計が失敗すれば城を枕に討ち死にするしかねぇんだがな」
デューイの保証に、アキトキは少し情けない顔をする。
(「そんな事、保証されたって……」)
それは、しごくごもっともな感想であった。
●月夜の舞 〜ノルグランド砦
笛の音が響く。
その笛に合わせるように金色の髪の妖艶な女性が舞う。
それは、月下に浮かぶひと時の夢のように。
遠く彼方の地の友を思うように……。
「なんだか、感動するね」
「あぁ、まぁな」
「貴様らはバカだろ? 俺は、こんな奴らに負けたのか……。まぁ、気持ち良いバカではある」
デューイの笛とシファレーンの舞は、月の光に朧にかすみとけゆくようである。
そして、その舞が終わった時。
城門から呼ばわる声が聞こえてきた。
その声は、自らを、カディス護衛士団の先遣部隊長・バーヤグと名乗った。
●カディスからの伝言
「声を掛けて頂いたのですから、彼は客人でしょう。丁寧にお招き下さい」
それが礼儀だから……。そういうエリーゼに、アザリーとヒルドとが一礼して、城門へ向かう。
そして、2人は、一人のリザードマンの武人を連れて戻ってきた。
武器は装備しているが、部下を連れてきてはいない。
だが、その鎧の下の眼光は鋭く、冒険者たちを前にして全く揺るぎは無い。
バーヤグは、エリーゼと冒険者達を一わたり見てとると、こう告げた。
「お主達の胆力見事なり。
笛と舞に微塵の恐れがあれば、お前達の首を討つつもりであったがな。
だが、今のお前達の力は、我々が戦うに値しないものだ。
我々は、覚悟を決めている。
アイザック様の治世を乱す事になるのは心苦しいが、我がカディスは、王都キシュディムを奇襲した者達を許す事は出来ない。
急ぎ、戦の支度を整えるがいい。
充分な準備ができたのならば、我が方から攻め寄せさせて頂く」
そういうと、バーヤグはデューイの方をみやって、こう続けた。
「お主達が、我がカディス護衛士団に相応しい敵となる事を期待する」
と。
バーヤグの覚悟に迷いは無かった。
和平の道は無いのですか? そのような問いを発しようとした護衛士もいたが、その言葉を声に出す事はできなかった。
その言葉が、彼らの誇りを砕くことになるだろう事が感じられたから。
「1月後のこのような月の日に……。この次は、舞では無く剣で語り合おうぞ」
そういい残して、バーヤグは城外の部下を引き連れてカディスへの帰途についた。
それは、北に向かった護衛士達の戻る数時間前の話であった。
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