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●出発
会戦を数日後に控えた５月２７日、ノルグランドから数名の冒険者がカディスへと向かって出発した。
闇咲き月華・シファレーン（a00676）を代表とする５名の使節団である。
「わたくし達の話し合いの結果が、この会戦に大きな影響を与える事は間違いありません。時間が無く、全員の意見を取りまとめる事は出来ませんでしたが……」
憂いの眼差しでそう言うシファレーンに、破城槌・バートランド(a02640)は気にするなと肩を叩いた。
「お前は良くやった。時間が無かった事はノルグランドの全員が知っている。いや、お前だからこそ、この短い時間で準備ができたのだと思うぞ」
胸を張れ、そして自信を持って交渉に当たれ。
バートランドの言葉に、シファレーンは強く頷いた。
（「ノルグランドを代表しての交渉に……自信の無い素振りなど見せる事は出来ない」）
もし、そんな素振りを見せれば、交渉者として軽く見られるのは必定だろう。
「目を逸らしたらダメなの」
少女醒戦・ミストティーア（a07198）は、シファレーンの目を覗き込むように見上げて、そう言った。
意志の強さは目に宿る。
強い意志を持つものだけが、自分の意志を曲げない事が出来るのだから。
「迷っちゃダメ、真っ直ぐな気持ちが未来を拓くから」
そう、この交渉は権謀術数を駆使して腹の探り合いをするような交渉ではありえない。
そうであるのならば……。
シファレーンはミストティーアの言葉に心から頷いた。
「行きましょう、私達の責務を果たすために」
そして、冒険者達は西へと向かい歩を進めたのだった。
●交渉の席
カディスでの交渉も２回目であり、かつ、今回の訪問は約束されていた事であるため、トラブル無く交渉の席につく事が出来た。
シファレーンを代表として、その両脇にミストティーアとマジックガンナー・アザリー（a04056)が付き添う。
その左右の後方に立つのは、バートランドと清雅なる堕天の剣・ヒルド（a07268）。この２人は護衛という事で、油断無く周囲を見渡している。
カディスの護衛士達が何かを仕掛けてくる事は無いだろう。
だが、自らの命を自らの剣で護るという気概を見せる事は、交渉の席で気圧されない為に必要な事に思えたのだ。
「少しは良い顔になったな」
カディスの長であるラドックは、そんな冒険者の様子を見やってそうつぶやく。
その言葉は、自分の孫の成長を喜ぶようなそんな雰囲気があったようにアザリーには聞こえた。勿論、気のせいであろうが。
「まずは、会戦の場所を聞かせて貰おうか」
バーヤグに促されて、シファレーンがゆっくりと口を開いた。
「会戦の場所は、カディスとノルグランドの中間地点にある森とさせて頂きます」
その返答は、予測の内の返答だったのだろう。カディスの護衛士達に驚きの様子は無かった。
だが、
（「戦意が高まっている……肌を刺すような」）
ヒルドが感じたように、会戦の場所が決まった事で、リザードマン達の戦意が高揚したのは確かのようだ。
（「治にあり戦いを欲する。そういう事か……」）
「判った認めよう、場所の決定はお前達の権利だからな。バーヤグ」
ラドックの言葉に、バーヤグが幾つか用意されていた地図の中から１枚の地図を探し出し手渡した。
「中間地点の森という事ならば……『パナイザの森』になるな。地図で言えば、ここだ」
ラドックに指し示された場所を見て冒険者達は頷いた。
「この付近には民家は無く平坦な地形であるから、会戦には向いているだろう」
ラドックがそう言う。
幾つかの質問が取り交わされ、
この森の広さが南北２ｋｍ東西１ｋｍの楕円形に近い形をしている事。
森の中央には小さな泉が湧いており林道が東西を貫く林道がある他は、人の手が入っていない事が確認された。
「地図は持っていけ、森を調べるのも自由だ」
その言葉に、アザリーは地図を巻いて懐に入れる。
好意は受け取るべきだろうから。
「ところで、会戦って何時から何時までなの」
地図を懐にしまいながら、アザリーはそう聞く。
「暗くなったら戦えないから、そこで終了なのかな？」
アザリーの心配に、バーヤグを始めとした護衛士達が苦笑する。
「その心配はいらないだろう。冒険者同士の野戦が半日以上掛かるような事はありえないからな」
勿論、どちらかの側が逃げ回り戦わないようにすれば長引くかもしれないが、れっきとした会戦で、そういう事はありえないだろう。
確かに、ドリアッドの森で戦われた野戦などでも勝敗は数時間で決している。ラドックの言う事に嘘は無いだろう。
（「冒険者パーティー同士が正面から戦えば１分で勝負つくものね」）
アザリーは闘技場の戦いの様子を思い出してそう納得した。
●佳境
ここまでは、ある意味約束通りの交渉である。
だが、ノルグランドの護衛士の本当の交渉はここから始まるのだ。
「わたくし達同盟諸国は、長く他国と戦っていなかった為、会戦形式の戦いに不慣れです。ですので作法に外れるかもしれませんが、どうか聞いてください」
シファレーンはそう前置いて、話を切り出した。
「会戦の人数と勝利条件の選定についてです」
これこそが、この交渉の真の目的であったろう。
「人数？」
怪訝な顔をするラドック。
「互いに全力を尽くす事以上に何か必要な話があるのか？」
至極当然の疑問に、シファレーンは慎重に返答を返す。
「正しく互いの実力を出し切る為には、人数を同数程度にする事も必要かと思うのです」
と。
「無用。どれだけの冒険者を保持しているかこそが列強の護衛士団の力量であろう。それを試さずして、何を試すというのだ？」
冒険者の力が戦いの帰趨を決する列強の戦い。
その戦いの優劣に、冒険者の数が直結するのは自明の理であろう。
「カディス護衛士団は最善を尽くし戦う。お前達はお前達の最善を尽くすが良い。
我々は、お前達が何千人で来ようと迎え撃つ。それが覚悟というものでは無いか？」
ラドックの反問には一点の曇りも無い。
その意志を宿す眼に、シファレーンは口ごもりそうになる。
（「負けちゃダメ」）
そのシファレーンの背中を押したのはミストティーアの手。
（「目を伏せたら……話は終わるの」）
彼女だけでは無い、アザリーやバートランドやヒルド……ノルグランドで帰りを待っている多くの護衛士達……。
シファレーンは膝に力をいれ、背筋を伸ばしてラドックを見返して、こう切り替えした。
「だからです」と。
そう、カディスの護衛士団はたとえ同盟の全冒険者を前にしても怯まずに戦い、そして滅びるだろう。
だが、それではダメなのだ。
そう……それではダメなのだ。
「同盟の力を集結すれば、カディスなど恐れるものではありません。
私達は、キシュディムを落とし北方を制圧しリザードマン領の大半を傘下におさめているのです。
一地方に過ぎないカディスが抗する事は不可能でしょう。
しかし、それは戦いでは無く一方的な虐殺です。
我々は、戦いによる勝利と、勝利によるカディスの併合を望みます。
しかし、虐殺によって得られる領土に価値は無いと考えています。私達の考えに、何か間違いがあるでしょうか？」
シファレーンは全ての意志力を眼に集めてラドックに言葉を掛ける。
ノルグランドの護衛士が同盟全土からの援軍を呼ばなかった理由。それは……。
睨みあう両者。
しばしの沈黙。
時間にして十数秒のソレは、シファレーンには永劫の時のように思われた。
その沈黙を破ったのはラドックであった。
彼は言った。
「……良かろう」と。
冒険者は冒険者を知る……。
彼は、ノルグランドの護衛士が本気で自らの有利を捨てる決断をした事を感じ取ったのだろう。
「カディス護衛士団は、会戦へ参加する冒険者を１００名以下とする事に同意する」
その返答を聞いた時、シファレーンは体から全ての力が抜けるように感じられた。
「……ありがとうございます」
シファレーンのその言葉は、誰にも聞きとれないようなかすれたような声だった。
その後の交渉は、バートランドとアザリーとが引き継いで行われた（シファレーンは精神が疲労困憊してリタイア）。
まず意図的な放火や一般人の動員を行わない事などが互いの了承の元に取り交わされる。
また会戦中の連絡などについては、互いの責任において行う事が確認される。
偽伝令を送るような卑劣な行いをするとは思わないが、勘違いから間違った情報が出る危険性は否めない。
敵軍からの間違った伝令で勝敗が決すれば、会戦の意義自体が失われるだろうとのカディス側の懸念を否定する事はできなかったのだ。
また、モンスターなどの襲来で会戦が中断された場合という提案についても、２００名の冒険者がそろう会戦で、そのような事態は考えられないと言いつつも、万が一そのような事態になれば中断する事に反対はしないという言質を得る事ができた。
だが……、
「相手に止めを刺す行為は互いに控える」
という項目については、あまりに常識はずれとして一蹴されてしまう。
「意識を失ったように見えても、まだ戦えるかもしれない。倒れた者も命の抱擁で回復させれば戦力になる」
というのが、カディス側の主張であった。
どうやら、この取り決めが医術士の数の少ないリザードマン側に不利である事も影響しているようだ。
「ならば……回復系のアビリティを互いに使用しないという条件ならばいかがか？」
それは、明らかにノルグランド側を不利にするような提案だったが……。
（「カディスの護衛士も同盟の冒険者に違いは無い。互いの命を奪い合うのは避けるべき」）
そう考えたバートランドは、リザードマン側にそう提案したのだった。
それは一見、無茶苦茶な意見だったが……。
結果として『相手に止めを刺す行為は互いに控える』という約束は『回復系アビリティの使用禁止』と抱き合わせで採用される事となった。
「甘過ぎる考えだが……そういう会戦が一度位あっても悪くないだろう」
「感謝する」
●会戦の勝利
その後、会戦の勝利条件を決定させて協議は終了した。
この勝利条件は、護衛士団の総力を挙げた戦いでは当然過ぎる条件であった為、ノルグランド側からの提案では覆す事はできなかった。
それは
『護衛士団長の死亡或いは捕縛』
というものであった。
アザリーが『団長代理』を申し出たが、それは受け入れられなかった。
『たかが代理に会戦の勝敗を左右する価値など認められない』
というのが理由であった。
（「エリーゼは戦いになったら気絶するのに……」）
アザリーはそう思ったが口には出せなかった。
それは、同盟側の弱点を相手にさらけ出す事になるから……。
また、降伏に関するルールも確認される。
負けを認めた護衛士団長が自ら命を絶つか降伏して捕虜となる事で、戦いは終結となる。
なお、勝利者の権利は、勝利後に行使される事なので今は決めなくて良いとの事だ。
勝利者の権利は護られるべきだが、護衛士団長が命を差し出すのならば、その権利は行使されないという約束となるらしい（団長が戦死していた場合は後継者）。
つまり『護衛士団長の命の価値』に釣り合うものが勝利者の権利となるのだそうだ。
こうして、交渉は終了した。
ノルグランドとカディスとの会戦まで、後数日を残すのみ。
その戦いの帰趨を占えるものは……誰もいない。
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