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●トツカサの兄弟将軍 「ジンオウ、こっちに来た話だが、見たか?」 「ええ。面白かったですよ実に……」 常には冷静沈着を売りとする筈のジンオウも、今回のアルガとの闘いの中で動かした間者によってもたらされた内情には眉を顰めざるを得なかった。 『門出の国マウサツ。総員93名。アルガ戦への出兵36名、重傷者32名。 マウサツの国救援隊。総員85名。アルガ戦への出兵61名、重傷者57名』
それが事実。 それが全てであった。
●2人霊査士 アルガのグリモアを解放したという知らせが入って一日が経とうとしていた。 「先日は申し訳ありませんでした」 「いえ。半ば予測の出来た事でした……。いえ、間違えました。私の予測では、30名は超えないだろうと思っていましたので、よく頑張って頂けた方ですよ、門出の国の方々は」 事実だった。 イズミは開戦前、サコンに対して突入部隊を除くと一桁の人員しか参加しないだろうという謎めいた一言を漏らしていたのだ。 「……お陰様で、あの加勢が無ければ全員重傷どころか、私一人で32の墓石を磨く羽目になっていましたからね……」 真実、突入部隊を補佐する部隊数が20名を割っていれば、全員の命はなかったかも知れない。それ程に、人員は不足していた。 「オカミさんたちに感謝しましょう。よくもあの戦場で、アンジーさんを追ってくれたと……」 「ええ。ですが、リョクバへの使者を再度送らなければならないのは厄介ですよ?」 「はい……それも苦痛ではあります。先にトツカサによるマウサツとの共闘宣言さえ出していればと……」 トツカサとマウサツ、2つの良家の共闘という看板を打ち立てた上での暴虐なる王の討伐というお題目は、今更立てる事など出来はしない。 全員死亡の憂き目すらあったのは、門出の国からの参加者の不足。 今後の動きを困難にしてしまったのは、トツカサとの間の交渉に不手際を露呈した救援部隊の面々。 霊査師たちが、浮かべていた笑みを止めて真っ直ぐに互いの瞳を見る。 「止しましょう。ここで私たちが互いの腹を探っても詮無き事」 ヒトの霊査士の黒い目がストライダーの霊査士の瞳を見据えている。 「そうですね、では私から」 サコンが扇を畳み、膝の上に置く。 「救援部隊の皆さんには外交での先を見通す、機運を視見る点に欠ける部分が多いですね。時の利、人の利に欠けるきらいが。しかし……逆境に強い。……これは実体験でしか得られない物でしょうから、非常に残念です」 「では私からも。門出の国の皆さんは論理的に物事をまとめ上げて行けても、急変する事態に対処する能力に欠けますね。まとめ上げた物が全て失われます。ただ、考えをまとめ上げて手管として用いるのは上手、交渉にかけては譲りますね……」 「まだ、有るような顔をされていますよ?」 「ええ、サコンさん、貴方も……」 だが、それで霊査師たちには充分だったのか、アルガの城から、そして戦場から集められた品々を2人で霊査して、今後に付いてを纏め上げる事に時間を取られて行った。 「アルガ王の落ち延びた先……森でしょうか?」 イズミに向かい、サコンが口元を隠すように続ける。 「せせらぎの音も感じられました。高低差があるという事は山でしょう」 「では、緑豊かな山……それ以上は、これでは……」 互いに、このセイカグドの地理に明るい訳ではない。2人の霊査士をもってしても、取り逃がしたアルガ王トキタダ公のその後を視る事は、そこまでが限界だった。 「今後の兵糧について、トツカサに打診してみる気はありますか?」 「今の所は、ありません。現状まででは、年末までの食糧の供給は先のジリュウとの闘いに寄与した事で埋められています。残る期間も金貨1,500枚分の援助で何とか保たせる事は可能でしょう。ですが、アルガの国までは……」 「ええ。本来なら皆さんにも捻出して頂きたい部分ですよ。帰るべき場所を維持する為にも……ですから、兵糧はこちらで」 「ええ、それはお任せします」 兵糧は手に入れた物の、それはアルガで使うべき物だからだ。全てを手に入れる訳には行かない。 「ところで、イズミさんは今回の件で本当にすっきりされましたね?」 「解散の事ですか? 仕方がない事だと思います。同盟が持つ最大の弱点でもありますし……それがここに来て、露見しただけの事ですから」 「と、言いますと?」 薄い笑みになるサコンに軽く肩をすくめてイズミは続けた。 「今回のアンサラーの件を、お聞きになりましたか? 円卓での決定は過半数の70旅団を超える物だったそうです」 「……成る程。それで、ですか……」 それで全てをサコンは納得したらしい。 「人の痛みを分かる者でありたい、そう思います……いえ、それこそが既に傲慢、なのかも知れませんが……」 「関わった以上、見捨てられない、と?」 互いに、瞳の奥に真実を隠して二人の霊査士は向き直る。 「今後の事については、ライオウ様にお目通りを願って、ご相談してこようと思っています」 「相談、と言われますと?」 「ツバキさんの護衛というと少し語弊がありますが、楓雅列島での私たちの位置付けはそれでいいと思っています。今からこそが、本当の意味での始まりだと思いますので」 「それで、地に縛られない名を求められるのですね? ライオウ様自らのお墨付きという……」 「海を渡ればドラゴンズゲートもなく、既に現状でも援軍は期待出来ない距離にあります。保証も何も無い、自分の身一つで先に進むとなれば、今後はその名が全てを表す、そのような存在で無ければならないと思いますので」 「では、今回の鬼討伐こそが第一歩、ですね……」 「ええ。ライオウ様は有り難い事に、マウサツの異国の人間は一つだと仰って戴けていましたので、有り難くそれを使わせて戴く次第です。よかったですわ、マウサツの国の者が鬼を退治して、アルガの城を落とすという大役を担った訳ですから……」 「イズミさん、貴女に9本の尻尾が揃う時を楽しみにしています。私に比べてスタートが厳しいでしょうが……」 「サコンさんも……」 他人が聞けば、何を言っているのかも知れない会談。だが、それで充分なのだろうか、2人の霊査士は霊査の材料となる品を手に、それぞれの部隊に帰る事になった。
●転章 アルガの城の周辺で巻き上がる幾筋もの煙。戦死者を荼毘に付し弔う煙であった。 トキタダ公逃亡の報が戦場を駆け巡り戦が終結した後、投降したアルガの家臣の大半が取り立てられて日の浅い者たちであった。 ある者は呆然と立ち竦み、ある者は怨嗟の声でかつての主を罵った。 その他の家臣の大多数は戦場の露に消えたが、主同様、その姿を晦ます者もいたという。
「それでトキタダ公の行方は?」 「今判っているのは、緑豊かな山……それだけですね」 他には誰もいない天幕の中、クラノスケの問い掛けにサコンが返した答えはそれだけである。所在地の風景などは判るのだが、それが何処なのかを判断すべき知識と資料が余りにも足りなかった。 「早急に落武者狩りの準備をなされた方がよいでござろう。それと城内の兵糧でござるが、当座の食糧を民衆に配するだけで空になりそうでござるな」 苦渋に満ちた声でクラノスケがサコンに告げたのは、山積みになった問題の内でも緊急を要する課題であった。もちろんこの他にも、荒廃したアルガの都の復興や、民衆の間に広がっていると言う悪評の払拭などにも力を注ぐ必要があった。クラノスケの言葉に大きく首肯するサコン。 「当座、とは?」 「左様、恐らくは一月分程度でござろう」 クラノスケの告げた答えは残酷な現実。トツカサの将たちは、間を置かずして執り行われる予定のジリュウとの戦いに参加した暁に戦利品となるだろう糧秣の分配を約束していた。だが、それは空手形になるかも知れない机上の約束でもあった。 「長い……長い冬になりそうですね」 荼毘に付される死者が天上へと帰る煙の一筋を仰ぎ見ながらサコンが呟く。
そんなサコンたちの元に一通の書状が届けられたのは、天より白雪が舞い始めた夕暮れ時の事であった。 |