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●茶飲み話の終わり 「確かに一理有る話です。楓華列島に赴いた楓華の風カザクラが二つに分かれるという話の詳細は、私もこちらに赴いてから知りましたし」 始めはこのミナモの地か、それ以外の土地に根ざすのかとそうエルフの霊査士・コノヱ(a90236)は考えていた。だが実際はそうではない。セトゥーナへと足を伸ばす、カザクラと類を同じくする部隊を統率する仕事であったのだ。 「それに、正式にこのカムライの設立。まだ円卓にはかけられてはおりませんね、イズミ様」 「察しが早いと助かります、コノヱさん」 目を細め、ヒトの霊査士・イズミ(a90160) がにこやかな相貌を見せる。 カザクラは独立自治権を有した際、『情勢が変化した際には事後連絡で構わぬので円卓に状況の説明を』という義務が課せられている。けれど、まだ連絡は為されてはいない。これだけの情勢の変化をカザクラ自身が見せているのに、だ。 「先ほどお話した事は、そう言った理由もあるのです。本来なら私がすべき事柄なのですが、何分、ミナモ国内を始めとして、リョクバという土地そのものから考えての判断をしなければなりません。故に」 「分かりやすく申し上げると、手が足りないと。そういう事ですね」 「……そういう事です」 話題を掻い摘んだコノヱにほんの僅か、柳眉を崩す。だが気を取り直したイズミは頷いて見せた。
●戦評定 ガザン会談が終わり、暫くの後。 楓華の風カザクラの面々は、再び会談の席に招かれた。 「ああ。よいよい。面を上げよ……では、返答を聞こうかのう」 セイリンの国王、タカムラ公に促され、頭を深く垂れていた悪を断つ竜巻・ルシール(a00044)と蒼月の舞を踊る翳・ライ(a14814) は真っ直ぐに彼を見つめ――。 「……断る」 「せっかくのご推挙感謝。だけど……断らせてもらうよ」 きっぱりと。揺ぎ無い意思を見せて言い切った2人に、周囲がどよめく。 「俺は我が剣に、そして今は亡き友に誓いを立てている。その誓いを捨てて王となることは出来ん。私心に縛られた者を王とするのは民の不幸となろう」 「俺は国王になる為に……武勲を立てる為だけにコレチカ公を討ったわけではない。国王なんて座は俺の柄ではないし……それに俺たちは鬼の討伐、調査、そしてそれを未然に防ぐ事を目的として、この国を救いたいだけ……目的の違いだけど、ね……」 続いたルシールとライの言葉に、セイリン王はクククと笑って。手にした扇をパチンと音を立てて閉じる。 「……いやはや、天晴れ。善い男達でおじゃるよの」 「全く。2人ならばいい王になると思っておったのだが」 それにアキゴオリの国王、サネトミ公も頷き。セイリン王はアキゴオリの王に向き直る。 「……仕方ないでおじゃるな。では、カザン領はアキゴオリの王、カザクラの両者の薦め通りガザンの国の将軍を王として迎え、ガザンの2つのグリモアはアキゴオリに進呈と言うことで良いでおじゃるな?」 「……待たれよ、セイリン王。同じ国の者を国王に据えたとて、それでは残されたカザンの兵達、民草が納得すまい」 「戦に負けたとは言え、突然昨日まで戦ってた国の属国では……きっと、不満が出ると思う」 飛び出した思わぬ言葉に、ルシールとライが膝の上の拳を握り締めて言い募る。 それに、セイリン王はふむ、と考え込んで。 「……サネトミ公よ。おぬしはどう思うでおじゃるか?」 「うむ。この者達の言う通りかと存ずる。そもそも、コレチカ公の御首級を取ったのは我等にあらず。その上グリモアをそのまま戴くとあっては、民草に笑われましょうぞ」 それに反論するかと思いきや、アキゴオリの王はただ静かに答えて。 「う〜む……しかし、アキゴオリの王子達もカザクラに及ばすとも武勲を立てたのは事実……」 扇を開き、考え込むセイリン王。再びパチン、と音を立てて扇を閉じて姿勢を正す。 「それでは、1つはアキゴオリ、1つはガザンにグリモアを残すというのはどうでおじゃるか?」 「宜しき裁量かと……」 ――アキゴオリの王にしては欲がないのう……。 口元に微かに微笑みを浮かべて答えるアキゴオリの王を見つめながら、ミナモの姫将軍・セリカ(a90232)はそんな事を考えて。 ふと、カズヤと目があって――彼も訝しげな表情をしている所を見ると、同じことを考えていたのかもしれない。 「……では、最後にミナモでおじゃるな。おぬしらの良き働きも聞き及んでおるぞよ。感謝するぞえ」 そこにかけられたセイリン王の声にセリカとカズヤは深々と頭を下げる。 「ガザンにグリモアは2つしかないゆえ、おぬしらには残念ながら渡せぬが……何か望みはあるかえ?」 「……カズヤ師」 セリカの呼びかけに、彼は頷いて。そしてもう一度、セイリン王、そしてアキゴオリ王に一礼する。 「それでは……失礼して。幼き王に代わって私が申し上げます」 カズヤはイズミにだけ見えるように笑うと、すぐに真顔になって続けた。 「……我が国はアキゴオリにおける『楓華の風カザクラ』と『護楓の盾カムライ』の通行権と交易権を戴きたく存じます」 板の間に静かに響くカズヤの声。一瞬驚き彼を見つめたイズミだが、すぐに無表情に戻り――その間もセイリン王とカズヤの会話が続く。 「ほう? 通行権と交易権とな?」 「はい。既にご承知のことと存じますが、両隊は鬼討伐を目的とする部隊。鬼は各地に現れます。その都度通行や交易の許しを戴くようでは間に合いません」 「……つまり、緊急時の移動を目的とする立ち入りと、補給を許可せよと。そういうことでおじゃるな?」 「はい。さすがは御聡明なセイリン王タカムラ様。仰る通りで御座います」 「おだてるでないぞよ、カズヤ。……ふむ。サネトミ公、どうでおじゃるかな?」 そう言いながらも悪い気はしないのか。機嫌が良さそうなセイリン王。そんな彼に、アキゴオリの王は薄く笑って。 「……そのくらいならお安い御用。お受け致そう」 「……有難き幸せに存じます」 あっさりとした返事。それに薄気味悪さすら覚えつつも、カズヤとセリカ、そしてカザクラの面々は深々と頭を下げ――。 こうして、ガザン王コレチカ公討伐の評定は恙無く終了したのであった。
●書状 「こちらにコノヱ殿は居られますか。火急の折、急ぎご面会お願いしたく」 徐々に日も長くなり、初夏の近づき始めるこの時期。コノヱを始めとしたカムライの面々が身を寄せる屋敷に訪れたのは、先の戦評定でカムライとカザクラに便宜を図ったカズヤであった。 何があったとざわめき立つ護衛士達並を掻き分けて、奥からヒトの武人・カティ(a90054)が現れる。 「カズヤさん、どうかなさいましたか?」 「これはこれはカティ殿。実は――」 カティの問いに答えながら、自身の懐へと手を差し入れる。そしてカズヤが手を取り出すと、平べったい紙の包みが現れた。 「実はこのような書状を預かってきたのです、セイリンを治めるタカムラ公から」
「これはまた……随分と大盤振る舞いなお話ですね」 「ええ、私もそう思います。恐らくは先日のご返答が大層気に入られたのが原因ではないかと」 茶室に通されたカズヤはコノヱと差し向かいで、タカムラ公からの書状について話し合っていた。コノヱの傍ではカティが時折確かめるように頷きつつ、控えている。 彼らが話すはタカムラ公からの書状、その中身であったのだが……三人とも驚きを隠せなかったというのが正直な感想だった。
タカムラ公の書状に綴られていた内容を掻い摘んで言うと――『セトゥーナに向かう船をセイリンが用意する』という物だったのだ。
先の戦いによって得た物はアキゴオリにおける『楓華の風カザクラ』と『護楓の盾カムライ』の通行権と交易権で、物の増減に直接関わらない比較的控えめな要求であった事は事実である。 だが真逆、セイリンがカムライに対して船を用意する、と言うのは流石に驚きを隠す事は出来なかったのだ。 「セトゥーナへ向かう船をセイリンから用意して下さるって、余程機嫌がよろしかったのでしょうか」 確かに、現状では渡航の準備も目算も立っていない。それを思えば多少訝しげに思える提案ではあるが、一足飛びに話を進められる事もまた事実だった。 「その様ですね。先日のガザン戦でルシールさんやライさんを始めとした、当時のカザクラにいらした皆様の獅子奮迅の働きが、結果としてタカムラ公のお心を動かしたのかも知れません」 ですが、と言い澱む。 「流石に船の用意となるとお時間がかかるようですね。船の用意が出来次第、改めて連絡をいただけるそうです」 書状には準備出来次第、改めて連絡をという形で終わっていた。時間がはっきりしないのは些かもどかしい所だが、足を用意するに必要な時間だと考えるならば、何もないよりは耐える事も出来よう。 「その際には今回同様、ミナモに書状が届きましょう。またこちらへお届けさせていただきます」 コノヱの言葉にカズヤが一つ頷いて。 「私見ですが、まだアキゴオリもガザンの落ち武者狩りを行っている様子。恐らくはタカムラ公もそちらがある程度落ち着くまで、船の件はもう暫し掛かりそうな気が致します」 どうやらまだ、先のガザン戦が完全に終結した訳ではないらしい。確かに、政の上では話がついたかも知れないが、国の民全てにそれが行き渡る訳ではない。落ち延びた兵士が村々を襲って逃避行を続けるのは良くある事だ。 「落ち武者ですか……」 勝てば官軍、負ければ賊軍。帰る場所を無くして彷徨う見知らぬ兵士達がどのような末路を辿るのか。それは余り語るべき事ではないのかも知れない。 「まだミナモでも国境線沿いで見られます。小数の集団で構成されている為、全てを見つけるというのは中々難しいのです。こちらまで彼らが来るとは思えませんが、そちらもお気をつけ下さい」 座したまま、カズヤはゆっくりと頭を下げた。
【幕間・2】 |