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リョウナンの村よりジンオウ将軍が派遣した増援部隊の到着し、シラトリの村に置かれていたトツカサの防備は更に厚みを増したが、陣を構えるトツカサの将兵たちの緊張と警戒が緩められる事はなかった。 先のシラトリの合戦に破れて軍を引いたとは言え、ジリュウの軍勢はいまだにトツカサ第3領と接した国境付近に留まり、以前同様に不穏な動きを続けていたのだ。 先の戦いでの損耗を考慮しても、ジリュウの軍勢が再び国境を越えて再侵攻を始めるのは時間の問題だろうと、シュウセツをはじめとするトツカサの武将たちの見解は一致していた。 「おそらく、トツカサの皆様の見解は正鵠を射ています。ジリュウの軍勢がこの地に再侵攻を始める事は確実でしょう」 マウサツ勢に宛がわれた陣幕にて集った護衛士たちにサコンが告げる。確実、と言い切った霊査士の言葉を受けて、護衛士たちの緊張が高まる。 「ですが、その前にジリュウ側から何らかの動きがあるかと思われます」 「……まさか、要人の暗殺!?」 「もちろん、その可能性もあるでしょうが、今回はそのような直接的な仕掛けではないような気が致します。それよりは……そう、以前マウサツに送られてきた親書のような――」 「御免!」 護衛士の1人が洩らした声に答えを返そうとするサコンであったが、突然の呼び掛けによって話を中断する。陣幕の外に控えてその呼び掛けを放っていたのは、シュウセツ配下の武士であった。 「シュウセツ将軍が、マウサツの方々に至急お伝えしたき儀があるとの事。お手間を取らせるが、シュウセツ将軍の陣幕まで御足労願えまいか?」 その武士の告げた言葉を聞いて、護衛士たちの脳裏に嫌な予感が過ぎる。 「よくぞ参られた。まずはこれをご覧になられよ」 陣幕まで出向いた護衛士たちへの挨拶もそこそこに、シュウセツが手にしていた書状を広げてみせる。
『トツカサ国国王ライオウ公、並びに重鎮の方々に申し上げる。 我がジリュウと盟友トキタダ公は、このセイカグドの地に永久の安寧と恒久の平穏をもたらす為、決起する物なり。 民を思い、セイカグドの明日を思うのならば、トツカサの国は早急に抵抗を止め、我等が陣営に降伏なされよ。 さすればライオウ公並びに重鎮の方々には、然るべき地位と所領を安堵致そう。 我等は無用な血を望むものではない。しかし、我等が申し出を受けぬと申すのならば、民の為、セイカグドの為、我等は剣を取ってお相手致そう。 返答の期限は、これより7日後。返答無き場合には我が申し出を拒絶したものと見なし、トツカサ第3領への進軍を再開致す。 我が思いが通じず貴国が戦を望まれるのならば、存分に準備を整え、我が軍勢の進軍を待ち受けるがよかろう。 貴君等の賢明なる英断を心より望む。』
「これは……」 「先程、ジリュウ陣営より届けられた我がトツカサに対しての降伏勧告の書状よ。言うに事欠いて民の為、セイカグドの為とな。片腹痛いわ!」 吐き捨てるようにシュウセツが言い放つ。 ジリュウ陣営より届けられた書状――それは、ジリュウ国王サダツナ公がトキタダ公と連名でトツカサの国に対して発した降伏勧告の呼び掛けの書状であった。 「合わせて、マウサツに宛てられた書状も預かっておる。方々でご確認されるがよかろう」 そう言って、封をしたままの書状を護衛士たちに手渡すシュウセツ。 一瞬、その護衛士は開封を躊躇ったが、軽く頷いて見せるサコンに促されるように書状をシュウセツたちにも見えるように広げて見せる。
『親愛なるマウサツの同胞たちよ。 我等は同胞たる貴国と事を構えるつもりはない。 過去の柵を捨て、共に良き隣人足る事を望むのみである。 マウサツの兵の速やかなる帰還をご注進致す物なり。 貴国がセイカグドの地に真の安定と平和を望むのならば、トツカサに降伏を促し、無益な争いを未然に防ぐよう働きかけられよ。 さすれば、トツカサが降伏した暁にはマウサツに我がジリュウ第4領の割譲を約束しよう。 共に手を携えて希望のグリモアを盛り立てつつ、民の心を安らかしめ、このセイカグドの地に恒久の平和をもたらそうぞ。 貴君等の英明なる決断がある事を切に願う。』
「やってくれる……」 護衛士の1人が歯噛みしながら呟く。 トツカサに対する降伏勧告と、悪意で塗り固められたとしか思えないマウサツへの書状。 重苦しい空気を湛えたまま、シラトリの夜は暮れて行くのであった。 |