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●屋敷 「一緒に見張るのは良いが、ぼうっとして飛んでってくれるなよ」 「……大丈夫よ」 屋敷の上、作りのしっかりした支柱を調べて屋根に上った空を望む朱の翼・フライト(a21099)と星彩幻女・ティル(a24900) の2人の姿があった。フライトの言葉にティルは僅かに不服の意を示すが、本意でない事は分かっているので敢えてそれ以上踏み込まない。 「そうだと助かる。俺はお前さん達と違って飛べねえからな」 空に憧憬を抱くフライトが天を見やる。青々と澄んだ空に、うっすらと長く伸びる雲が漂っていた。 「誰か来た……みたい」 ティルが門から伸びる道を指差すと、男達の姿が見えた。頭数は3、そしてその先頭を歩く者の顔には見覚えがある。既にカムライの駐屯する屋敷で幾度か見た覚えがあった。 「これはこれは、カズヤ殿か。屋根の上から失礼するよ」 「おや、見張りですか。何か大事でもありましたか」 フライドを仰ぎ見たカズヤが尋ねると、近隣の村でガザンの落ち武者が出た事を答える。すると僅かにカズヤは顔色を変えた。 「それは……初耳ですね」 「何か問題でもあったかね?」 「いえ、詳しい事はコノヱ殿にお伺いしましょう」 途中で話を打ち切って、カズヤは足を速めた。
「しかし、物々しいですね」 改めて屋敷の周囲に気を向けると、屋敷の周りをぐるぐると見張る希望の幼翼・ポプリ(a21154) を始めとして、灼眼の狼・ギオウ(a27211) の様ながっちりとした体をした者が歩哨についたりと、守りについた冒険者の数はそこそこの物だった。 「こ……怖いけどがんばるでちゅよ」 「ま、何か有るとも限らねえしな」 「その通りだ。事が起きてからでは遅すぎる、その時点で直に対処出来るようにしておきたいと言うのが人の性と言うものだ」 彼同様、門番宜しく歩哨についていた獅天咆哮・プルー(a19651) がギオウの言葉に同意する。彼女は無手の状態で居たが、それは村に向かうレイに屋敷からの連絡をつける為だった。無論、一度きりで一方通行な手段だったが、手段としては有効と言える。
裏手を見れば、もももの錬金術師・アレス(a14419) が召喚したクリスタルインセクトが偵察をしているのも見られるのだが……それを目にしたらカズヤは更に自身が感じた印象を強くするに違いない。 「村から近い事もありますので、もしかしたらと思いまして」 門の傍で篝火を焚いていた頼れる女・ニーケ(a27516)がカズヤに答える。確かにガザンの落ち武者が傍にいるとなれば、警備の手を強めるのは自然な事と言えた。特に、先の戦争でガザン王を討ったカザクラから分かれて出来たカムライの素性を考えれば、当然の話でもある。 「そう、少しは自身の守りにも気を向けんと拙いと思ったのでのぅ」 「ではカズヤ様、こちらからどうぞ」 生垣の内側に鳴子を備え付けた藤楓仙女・サユキ(a26342) が門の傍へと姿を見せた。次いで姿を見せたストライダーの牙狩人・セツカ(a27132) がカズヤ達を屋敷の中へと招き入れた。
●交渉 「交渉だと?」 「はい」 自らの剣を地に突き立てて離れた武道刃脚・キヨカズ(a01049) が村の南の入口を護る2人の兵に話しかけた。彼の他には赤錆の交渉人・レイクス(a24991) に紅獅子姫・ラミア(a01420) と空炎の盾・エファ(a11158) の姿が見て取れる。 「おい、隊長に伝えて来い。カザクラの連中が交渉だとよ」 恐らく、力量が上と思われる男が命じると、もう一人の男が村の中へと駆けていった。 「待ってください、私達はカザクラの者ではありません」 「何を寝言言ってやがる。お前らみたいに多種族混成の部隊なんか、カザクラ以外にねえだろうが」 キヨカズが訂正を求めたが、男ははっきりとした口調で寸断した。カムライの存在を知らなければ、彼の反応は至極当たり前の物だった。 「私達はそのカザクラから分かれたカムライという部隊です。ま、最近の話ですから知らなくても当然ですねぇ」 腕輪を身につけたレイクスが肩を竦めながら、柔らかい物腰を見せる。 「……カザクラが元なら俺達には一緒よ」 レイクスの言葉に気を害したのか、声色が低い物になる。そして男が腰の刀に手をかけようとした時、先程、中へ向かった男が小走りに駆け寄って来て。 「隊長が中に通せと」 「お前は気に喰わねえ。だが、隊長の命令だ。通れ」 憮然とした様子で男が入口から僅かに身を横に動かしてエファ達を村の中へと通すのだった。
村の中央に有る、村長の家。藁葺き屋根の家の前で、2人の鎧武者が待ち構えていた。恐らく、そのどちらかが隊長なのだろう。 ラミアが周囲を見渡すと、中にある畑で農作業をする村人や、水桶を運ぶ村人が見られた。どうやら彼らは村人達をどこかへ縛しているという事は無いらしい。無論、村の四方に有る家の中がどうなっているかまでは伺い知る事は出来ないので即断は出来ないが。
……これは面倒だな。 彼女がそう思ったのは、村の中を巡回する兵士の存在だった。人数自体は2人と多くは無いが、外からの侵入を察知すべく、対角線上に互いを配置するようにしながら巡回を行って居る。 村の周りの林から駆けるにしても、それなりの距離がある。村の中から周囲を取り囲む柵を見るが、柵越しに隠れられる場所は早々見当たらない。 誰か、発見され易い状況に置いて潜入をする事に注意を払っていた仲間は居ただろうか。そんな事を考えて居ると、鎧を着た男達のすぐ傍にまで距離が迫っていた。
「貴様らが交渉役か」 「ええ、俺は出来る限り血を流したくないと……そう思って」 キヨカズが目の前の男に答える。無血開放を目指す彼は真っ直ぐに向き合う。 「条件は村人の解放、とでも言ったところか」 「はい……民がいるから国があり、国があって民がいるのではない。民になりえる人を無意味に傷つけることが国のためになるだろうか? 私はそう思い、こちらに来ました」 自身の思いを口にする。だが、彼の前に立った男は一笑して。 「民無くして国成り立たず、とでも言うかね。だが、その逆も然り。民守るべき国無くして、民は生きる事ままならぬ。それに、どうも貴様は足りて無いようだな」 男は自らの頭をとんとん、と人差し指で叩き―― 「ここは我々にとっての敵国。ミナモの民がガザンの民になり得るだのと、それは妄言や戯言に過ぎん」 傍に居た部下らしき男が含み笑いを見せる。男の言葉は堂々巡りの詭弁でしかないが、後半の指摘は的を得ていた。旗色が悪くなりかけたと見たレイクスはキヨカズに目配せすると、一歩前に踏み込んだ。 「ですが、部下を思ってはいる。食糧が不足したにも関わらず、部下を見捨てる事をせずにこの村へと身を寄せた……違いますかねぇ」 相手の、武士としての誇りに訴えるべくレイクスは指摘した。だが、彼の指摘を受けた男はレイクスへの視線を厳しいものへと変えた。 「貴様……何故それを知っている」 彼らの状況を知り得る者でなければ出てこない言葉を耳にした男は、腰に下げた剣へと手を動かした。と同時に男からじわり、と墨を紙の上に零したかの様に殺気が漏れ始めた。
霊査と呼ばれる力は、本来、知り得ない事を知る事の出来る、希望のグリモアを有する同盟諸国特有の力と言っていい。その為、霊査に依って得られた情報は扱い所を間違えると大変な事態を引き起こす事も有る。例えばそう、今の様に――
「いかなる理由かは分からぬが、我らの事を知れるだけの力を有しているようだな……だとすれば、貴様らは危険な存在なのやも知れん」 「待ってくれ! 今剣を交えても兵士達はどうなる!」 殺気を湛えた男の前にラミアが立ち、制止の声を上げる。既に傍に居る部下の男も剣に手をかけており、彼らに対して猜疑感を抱き始めて居るようだ。 「もし仮に国への忠義を果たすのなら、兵士らを故郷へ帰し、再編されたガザン武士団に戻るべきではないのか? 復興には多くの力が居るだろう」 素手で立つラミアの言葉に男は僅かに声音を上げ。 「負けた我らの国が残っているというのか」 「ああ、1つはアキゴオリに行ってしまったが。後を将軍の座に居たものが継いだ筈、それと領地が……」 ラミアは男の問いに知る限りで答える。だが、男は小さく首を左右に振る。 「だが、我らを納得させるだけの確証は無い。違うか。それに――」 「王が倒れた今、帰るべき場所はない」 部下の男が柄に手をかけたまま、男の言葉を継いだ。 「どういう事ですか。故郷であるガザンの国はまだ……」 「身寄り無き我らは王に拾われた身、強いて言えば住んだ土地が故郷よ。そして我々が居た土地はアキゴオリに奪われた、お主達の言が正しければな」 グリモアは土地に根ざす物。グリモアを奪われる事と、国の土地を奪われる事は同意である。故に、彼らが『奪われた』と主張する事は間違いではない。エファの問いに答えた男の顔には、寂々とした表情が浮かんでいた。 「あなた方が育った国、その国とあそこで生きる人々を護っては……いただけないでしょうか」 「――」 エファの言葉に武士は沈黙した。何かしら思う所があったのかも知れない。
●風の悪戯 「……ん? なんだ」 屋敷の周囲を巡回していた聖域に舞い堕つ煌銀慧璃の想片・フィリス(a15272) は、鳴子の音がかすかに耳に届いた事に気付き、辺りに意識を向ける。 「どうしましたか?」 「いや……鳴子の音が……した気がして」 共に巡回についていた、菫刃の緑風・フィリス(a09051) の問い掛けに答えつつ、腰の長剣を抜き払う。彼に倣うように、手にした槍を少女もまた構えた。 「私も……聞こえた気がする」 無表情なまま、葬姫・ツバキ(a20015)が術扇を取り出して支援の体勢を整える。 3人は周囲の気配の動きを感じ取ろうと自身の感覚を集中する。だが、時折吹く風と鳥たちの様な小動物の動く気配以外に感じられる物は無かった。 「気のせい……かしら」 「もしかしたら鳴子の縄に鳥が止まったのかも知れませんね」 「そうか……かも知れないな」 自分を納得させるかの様に、剣を鞘に収めながら呟いた。少々気負っているのかも知れない、そんな事を考えながら。
●機を窺って 「どうやら何とか説得は続いているようだな」 林の中で身を潜めている悪を断つ竜巻・ルシール(a00044) が、傍に居た蒼月の舞を踊る翳・ライ(a14814) に話しかけた。 「微妙な感じ、しますけどね……ここからじゃ向こうの様子が遠すぎて分かりません」 歯痒そうにライが言葉にすると、旋風来臨・アリセラ(a15708) が彼を窘めつつ。 「もう裏手に回った方が良いわね。そろそろ何か動きがあってもおかしくないから」 既に交渉に向かった者達が入って20分近く経つ。彼女の言葉に同意したライは、共に北側にある村の入口へと向かうのだった。
●カザクラからの知らせ カズヤ達との面会の最中、カムライの霊査士であるコノヱが傍に居た紫銀の蒼晶華・アオイ(a07743)達に声をかけた。 「実は、カザクラのイズミ様からこのような書状が届きました」 その場にいた護衛士の一人である黒葬華・フローライト(a10629) がコノヱから受け取って一通り目を通すと、それをアオイと黒狐・ヒリュウ(a12786)が内容を確認する。 「これはまた……驚いたとしか言い様がないねぇ」 フローライトは溜息一つつきつつ、腕を組んで思索に耽る様な仕草をして見せた。その場にいた他の面々も、程度の差こそあれど、似たような有様であった。
――肝心の書状の内容はと言うと。
キナイへと向かった楓華の風カザクラは、無事に楓華列島に住まうドリアッドとの接触に成功する事が出来た。そこまでであれば、話は簡単なものだ。 だが、運命とは奇異な物で。簡単に済んで欲しいと思う事ほど複雑にさせる天邪鬼な気質でもあるのかと思わずにはいられない。 御簾越しとは言え、天子様との会見を済ませる事が出来たカザクラの面々は、そこでキナイを治めるドリアッドの長である天子様の命を受けた3人の女官をランドアースへと送り届けなければならなくなったのである。 しかも、同盟の一般常識を教えながら、というおまけつきな上に道中の安全も確保しなければならない。あまつさえセイリン王タカムラ公への対処も含むのだから大事と言えよう。だが、それにしたって急に振ってくる仕事の量としては並大抵の量ではない。
「楓華の土地はいつもながら、出来事が急ですのね」 苦笑しつつも、アオイはカザクラに向かった仲間達を案じていた。 「その様ですね……流石は戦乱の国、とでも言いましょうか」 かけた眼鏡の位置をコノヱが中指で押し直す。楓華列島に渡ったばかりの彼女もまた、忙しない情勢に慣れていないようだ。 「……で、こっちにカザクラからはどんな話が来てるのか。教えちゃくれないかね?」 落ち着いた様子のフローライトがコノヱに問うた。 「カザクラは3人の女官にある程度の知識をお教えした後、リョクバの街道を抜けてセイリンの港まで向かうそうです」 過去にミナモのグリモアを受理するに至らなかった折、急ぎセイカグドのマウサツへ向かうべく船を出した際に、2度ほど『セトゥーナの海賊』に襲われた事があった。それを考えれば、イズミがカムライに宛てて書状を認めたのは道理と言えば道理である。 「ですが、私達が勝手にセイリンの国に向かう訳にはいきません。タカムラ公からの書状が届けば、向こうからの招待と言う事で理由に苦慮する事無く向かう事が出来るのですが」 「その三人官女達に関して、僕らは何かしなくてもいいのかな?」 黙してコノヱの警護についていたヒリュウが問う。確かに彼が抱いた疑問は当然の物だ。 「それは後でイズミ様と一度お会いしてから決めようと思います。暫し留守にしますが、私が戻るまでの間に何か起こる事は無いでしょう」 「あ、後な。落ち武者達を捕えた後はどうするね。飯代だってなんだかんだで馬鹿にならないだろうしな」 フローライトが落ち武者達の事を口にすると、相席していたカズヤが少し、前に足を動かして。 「その事でしたら、こちらにお任せ下さい。既にケイイチロウを呼びに使いをやっておりますので」 カザクラに居た彼らには馴染みのある名前だ。以前、ミナモの武士団で健脚と称されるケイイチロウとは面識が有る。特にヒリュウは村々を回る際に、彼と行動を共にした事もあった。彼に声をかけたのならば、早々にやってくるだろう。 「――それと、タカムラ公から新たな書状が届きました」 カズヤは懐から書状を取り出して、コノヱに手渡した。
●代償 「交渉は決裂だ。熟考したが、貴様らは得体が知れん」 エファへの返答は、隊長と呼ばれる男とその副官が剣を抜き払う事で返された。特に2人の意識はレイクスへと向いており、強く訝しげな視線を向けている。 「では、仕方がありませんねぇ」 レイクスは視線に、腕輪を握る事で答えた。隠し持っていた鋼糸を取り出して、即座に身構える。対する副官が首に下げた呼子を吹き鳴らし、隊長の男が鞘を投げ捨てた。 「この場を去れ!」 傍に居た村人に部下の男が叫ぶと、彼らを振り返るようにしながら、村人達は散り散りに逃げていく。 「待ってくれ! 剣を交えてしまっては――」 「言葉を交わす時は過ぎた」 焦りの色を秘めたラミアに、寸断するかの如く男は返答した。
「動きがあったよ!」 木に上って、村の様子を窺っていた赤き詩人・シャム(a14352) が下に居る仲間達に声をかける。どうやら交渉が失敗した旨を伝えると、仲間達は村人を確保する者達と、戦闘を支援する者達とに別れて林の中を散り散りに駆けていく。
呼子の音を聞いた兵士達は村の中へと振り返る。彼らが村に入ろうとしたその時、南側の入口にルシールが姿を見せた。 「俺はルシール、ルシール・フォクナーだ! 我が剣の露となるか、去るかの2つに1つ! 恐れを抱かぬ者は掛かってくるが良い!」 斬漢刀を露わにして名乗りを上げる。声高らかにされた名乗りは、村の向こう側へ、北側へと届き―― 南の入口に意識の向いた、北側を護る兵士2人に出来た僅かな隙を逃さず、先程移動していたライが粘り蜘蛛糸を放った。 「な……ッ!?」 放たれた糸に絡め取られた2人は動揺した声を上げる。そこに更にアリセラの眠りの歌が施され、程無く眠りにつかされた。 「ここは任せた!」 ライにアリセラは頷いて答えると、林の中に身を隠していた者達が姿を見せた。 「これからが大変……だね」 走りながら、浅黒い肌を持つエンジェルの紅蓮の皇子・イーフ(a18196) が、同行する鎮護の旋律奏でし者・エストリス(a00106)に向けて言うと、彼も同意して頷いた。 「アビリティで加速します」 エストリスが自身と、仲間達の速力を上げた。 「狩人にある程度聞いてたけど……隠れるのに苦労したね」 監視の目が厳しかったと黎明ノ風・エル(a09448) がぼそりと愚痴る。立地的にガザンの落ち武者達にとって有利だったので、それは致し方ない話だ。 「今の内に強化するね」 行動を共にする晨明ノ風・ヘリオトロープ(a00944) が、駆けながら鎧聖降臨をその場にいた3人に施した。ガザン兵との力量差を考えれば不要かも知れない。けれど、仮に鬼が出たとしたら。そう思えば用意するに越した事は無いとヘリオトロープは考えていた。 「皆さん、こちらへ避難してください!」 両手剣を手にした蒼剣の騎士・ラザナス(a05138) が慌てた声を上げて走る村人を外へと逃がすべく、北側へと誘導する。 「早く村の外へ出ろ……無事で居たいなら」 蒼翼の閃風・グノーシス(a18014) によるアビリティで速力を上げた彼らは、素早く 村人達をカバーする。死神の獣剣・セティール(a00762)もその1人で、愛用の大鎌を手にしつつも、無駄の無い避難誘導を行っていた。 「こちらのお家は大丈夫みたいです、こちらに!」 空き家である北東の家を素早く探り当てた魂鎮の巫女・ナツキ(a18199) が慌てふためく子供を家の中へと誘った。転んで怪我をした子供も居たが、それは白桜の癒姫・エレンシア(a16832)が治療を施す事で手早く解決している。 「こちらは大丈夫ですが……ガザンの方々は」 もし叶うのならば、彼らの傷をも手当てしたいと考えているエレンシアは、家の入口から村長の家の方角へと目を向けた。
「早く空き家を確保しないと……」 エル達と合流した薫風の護り手・ジラルド(a07099) は北西の家へと向かっていた。先程村の中で遭遇したガザンの一般兵を軽くのして、家の扉を開いた。 「な、なんだねあんたたちゃ!?」 「詳しい話は後でします! ここは僕達が護りますから、避難してきた村の人を入れてあげて下さい!」 エストリスが勢いよく説明をすると、家の主だろう百姓はこくこくと首を縦に頷いてみせた。 彼らが家の前に陣を作ると、先程のしたガザン兵の仲間がこちらへと向かってきていた。 「壁代わりに……!」 その姿を見たイーフはリングスラッシャーを発動させると、そう命じた。だが、リングスラッシャーは彼の傍に留まらず、そのままガザン兵へと襲い掛かった。 イーフの呼び出した光の輪は程度は低いものの、判断能力を有する。だがそれは、敵か味方を判別する物であって、土塊の下僕のように命令を準拠させられる物とは違うのだ。故に―― 「な、なんだ! た、助けて……!」 敵と判断したガザン兵を一撃の下に屠る。一般兵と、ある程度の経験を積んだ冒険者と同格の強さを持つ光の輪の組合せはあまりに一方的な差があったのだから、当然の結果である。 「なんだ、どうした!」 「ヒコザがやられた……!」
無論、狭い村で彼の叫びが届かない理屈は無かった。 襲撃の報を耳にして、目の前の男は一歩、足を踏み出す。 「既に包囲されているか! 交渉しつつ、その裏では包囲の準備か。口では体の良い事を言っておいても、実際は我々を信じておらんかった様だな」 自嘲気味に男は零す。確かに彼の言う通りである事に、キヨカズやエファは反論出来なかった。 「違う、俺達は貴方たちも、村人も助けたいんだ!」 キヨカズの叫びが虚しく響き渡る。
もし、村人を傷つけていないと、彼らがまだ武士としての誇りを捨てていないと見たのならば、彼らの誇りを尊重しなければならなかったのではないか? 信には信を持って接しなければならなかったのではないのか? 彼らのみが知るべき事を口にしなければ、或いは。今になってエファはそんな事を思うが、既に後の祭り。今更それを取り繕った所で、彼らの信を得る事は最早不可能だろう。 「やはり貴様ら異国の民は楓華の土地に災厄を招く! 踏み躙られた我が武士の誇りと、愛すべきガザンの為に。引いてはこの楓華の為に――貴様らを斬り捨ててくれる!」 「やはり剣を交えねばならぬか、ガザンの武士達よ! 我は」 「貴様は……そうか、やはり元より我らを討つ積りであったか」 気を引くかのように姿を見せたルシールとライを捉え、憎憎しげな顔を見せる。先の戦争でガザン王を打ち倒した2人の事は承知の事なのだろう。 「そうではありません! 我々は――」 それは貴方達の捉え違いだとエファは告げようとするが、最早男からは断絶の伝える毛色しか見えなかった。 「――最早、言葉を交わす余地は無し」 彼女の思う所はその場にいた交渉を行っていた者の共通認識と行って良い。だが……霊査で得た情報と言うモノに対しての注意が不足だった事が事態を悪化させていた。
「これは、ほぼ大勢は決しましたな」 仲間の護衛士に負傷者が出た際にと備えについていた愛の天使ぽわぽわ・ポチョムキン(a01214) が、戦闘の様子を一目見て判断する。 何せ、落ち武者であるガザンの武士とカムライの護衛士達とでは、元々の地力が違うのだ。彼ら1人の力量では、カムライに所属する平均的な強さを持つ護衛士相手でとりあえず立ち向かえるかどうか。 それだけの実力差があり、状況は村に危害を加えないとした彼らには、護衛士達に効果がありながらも、村への被害を同時にもたらすような手段は用いる事が出来ない。 「やはり戦力差は覆せません――」 部下の男がラミアに斬り込むも、容易く身をかわされる。せめて牙狩人でも居ればと、先の戦で失った仲間を思うが、それは無いものねだりだ。 「動きを封じます!」 「出来るだけ無傷で済ませないと」 残る兵士達の1人に向けて、銀雪・ナナミ(a04010) が影縫いの矢を放ち、鋼纏翔翼・テセラ(a20033) が幻惑の剣舞を舞う。ナナミに影を縫いとめられた兵士と青い天使の舞で消沈した兵士の2人が動きを止めると、2人は周囲に意識を向ける。 「これで……!」 白髪と硝子の向こう側にある灰色の瞳に力が篭る。梟瞳の施術師・ユディエト(a14304)はそのまま手の中に生まれた白光の槍を残る兵士に投擲し、無力化した光景がナナミと手セラの視界に入った。 「どうやら問題無いようですね……」 地霊星・リュウカ(a08056) が回復役として村の中へ入ったポチョムキンの姿を見て呟く。アレになったら何がしかの対処をしようかと思ってはいたが、傍観に入ったのならばそれは不要の物だ。
三合ほど打ち込みあい、僅かに動きが鈍った隙を突いてルシールが隊長格の男に向けて剣を振るった。左肩を断ち割られ、次いで鮮血が噴出すと、男は糸の切れた操り人形の様に頽れる。 「貴様等の手で死ぬ位なら……俺は、武士として……」 ごふり、と男は咳き込むと地面に鮮血を吐き零す。ぼだぼだと血を零す男の姿を目の当たりにした護衛士達は言葉も無い。傍でラミアと戦っていた男が、それを見て、手に刀を持ちながら駆け寄った。 「済まんが……頼む」 「はい」 答えた男はただ静かに刀を抜き払うと、男の首目掛けて振り下ろした。刀は男の首に食い込んで止まる事無く、一瞬の内に寸断せしめた。ごろり、ごろりと落ちたモノが音を立てる。 「お供、します」 そのまま血を払うと、刀身の中頃を握り、自身の腹を突く。 ――男に向けてに告げた言葉。それが彼の、今生に於ける最後の言葉だった。
「向こうは何も無かったみたいね……」 絶命した2人の姿を見た真っ赤な太陽・レイ(a19538) がプルーの武器を握り、呟く。これがプルーの元へ飛ばなかったという事は、それ即ち奇襲は無かったという事だ。 けれど、対照的にこちらでは落ち武者達を救えたとは言い難い結果になっている。この事を屋敷に戻り、伝えねばならないかと思うと、レイは気が重かった。
●憂い 「そう、ですか。もしかしたら、穏便に済ませられたかも知れないと思ったのですが……悲しい結末になってしまったのですね」 コノヱは村から戻った護衛士達からの報告を受けて表情を曇らせた。聞く限り、恐らく村人達もこの、護楓の盾カムライに余り良い印象を抱かなかったろう。 「一先ず、残ったガザンの者達はこちらで預からせていただきます。後は我らにお任せ下さい」 話を耳にしたカズヤはケイイチロウを呼び寄せると、残ったガザン兵らを預かって彼らは城へと向かった。一先ずは投獄し、後日処遇を考える積りなのだろう。 「この辺りまで落ち武者達が流れてくるとは思いませんでしたが……鬼が出なかったのは幸いでした」 「ええ……もし鬼が出ていたら、被害はもっと大きなものになったでしょう」 そんな事を思いつつ、コノヱは手元に置いた書状をまた開いた。 「タカムラ公からの書状……まだ船の用意は終わらないそうですが、出立の準備が出来次第、セトゥーナの地に立てるようにとセイリン内を通行出来るように許可を下さいました」 待ち侘びた書状。本来ならば喜びを表す言葉の一つを口にしてもおかしくは無い。けれども、村での一件が響いてか、僅かに眉根を顰めるだけだった。
勿論、書状を手にしてやってきたカズヤもまた同様であった。カザクラから分かれたカムライが早々に面倒を起こすとは夢にも思わなかったのだ。 「それで、コノヱ殿はいつ頃発たれるお積りですか」 「問題が無ければ、準備が出来次第発とうと思います。本来ならば、この一件で得てしまった陰気を払拭出来るような仕事をとも思うのですけれど……タカムラ公に船をご都合してくださった事でご挨拶もしなければならないでしょうし」 手にした書状に視線を向ける。確かに書状が来ている以上、早めにセイリン入りするべきだと言う事を理解していた。だが、コノヱの表情は暗い。
カムライの素性を知るカズヤはまだ突き上げる積りは無かったが、これが他の者の耳に入れば面倒な事になるだろう。そんな事を考えていた。 未熟とは言え、カザクラと同行を共にする国主であるセリカがこの場に居ても同じ答えに行き着くだろう。国を発った彼女から後を任されている立場であるカズヤは、彼女が培った経験よりも多くの事を身につけている為、直にも分かる事だ。
同盟に属する彼らの特異性を考えれば、仕方が無いと思いもする。だがそう考えるのはセリカに近い、カズヤを含めた一部の側近だけで、他はそうではない。セリカから任されているとは言え、彼女の言葉に常に是と答える者ばかりではないのだ。 そんなカズヤとて、セリカの言葉が無ければ、彼らをミナモから退去させているかも知れない。国を預かる立場にある者からすれば、それも国を守る為の選択肢の1つになるのだ。
だが、今それを求めるとしたらそれは少々短慮に過ぎると言うモノだ。それに彼の前に座す、カムライを率いるコノヱが察している事もまた、突き上げる事をしない理由の1つでもあった。 「後は私達にお任せ下さい。あの村には暫く兵を駐屯させる事に致しましょう。それならばご安心出来ませんか」 「すみませんが、お願いします」 カズヤからの提案にコノヱはそっと、頭を下げるのだった。
【終】 |