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●楓華の国 ドリアッド種族の長、天子様と呼ばれる存在よりの招集を受けて、楓華の風カザクラは一路キナイに向けて移動していた。 「で、何でこうなってるわけ?」 「オミナエシさんから手紙を頂きました。それによると、彼女達が無事に私達の本国に辿り着いた場合に、手紙をカザクラに託すように言われていた様子ですね」 ぞろぞろと隊員達と共に歩きながら、アンジーはイズミに尋ねる。朝早くから起こされて、余り機嫌は良くないという様子だった。 「内容はどう言った物じゃったのか、聞いても良いじゃろうか?」 セリカとツバキも同席していて、今回の件は先に天子様に目通りした際の返答も兼ねているのではないかというのがイズミの返した予測だった。 「……義姉上、その手紙も視てないのですか?」 「約束しましたからね。万が一、あの手紙が天子様の認めた物なら、彼の方を視てしまう可能性もありますし」 「……」 「甘いでチオウ。イズミちゃんはガチやさかいな。一度決められたことは意地でも通すで?」 にやりと、不敵に笑うアンジーにチオウが渋面を作る。その巨漢にかがむように言うと、アンジーはツバキやセリカも集めてこっそりとイズミに聞こえないように小さく声を抑えて話し出した。 「融通が利かない思うやろうけど、あれでイズミちゃんやしな。本国見てたら、一度決めたことでも時間経てば簡単に気分で反故にされたり忘れたりしとるさかい、ウチはもうちょいイズミちゃんもまったりやっても良いと思うけどな。規則は規則っていう頑固もんやさかいなぁ」 「むぅ。では、もし義姉上でなく、アンジーが隊を纏めていたら……」 「はっはっはっはーのは。んなスチャラカな隊、もうこの世に残って無いやろな」 「あの、アンジーさん……」 爽やかに言ってのけるアンジーに、スタインは笑って良いのか悪いのかといった困惑の表情である。 「らしいと言えばらしいが……」 「洒落にならん」 ランドアースに一度行ってみたいと発言したことのあるセリカが眉根を寄せて、チオウは苦笑するばかりだった。 一行が通されたのはキナイ州は『楓華の国』の中央に位置する樹海都市。 千年を遙かに超える永きに渡りドリアッド達が築き上げた独自の文化の集大成とも言える都は、木造にしてランドアース大陸の巨大構築物と遜色ない巨大さと荘厳な空気を醸し出す広い造りを持った建築物である。 「はぁ〜凄いなりね……」 瞳を輝かせながらサツキが高い天井を見上げていると、進む先に巨大な扉がある。 「おか〜たま、やっぱり天子様からはあちき達に鬼討伐とか、同盟諸国入りの話とかなりかね?」 「さぁ? しかし、ここまでの武器の携帯をお認めになられている所をみる限りでは、良きことであると思いたいですね」 「……」 下手な武士よりもと、口には出さずにチオウがイズミの前にいつでも立てる位置を取る。 「……でも、よく見られたな……どういう意味だと思う?」 「あたしに聞かれたって。ねぇ?」 「ほやな」 ユキは己の獲物に封を施していたのだが、その武器を見る時の相手の目がまるで値踏みするような物だったことが気にかかっていた。 エヴィルマやアンジーは素手であり、ユキの問いかけは特に気がつかなかった様子に思える。 しばらく待たされて、中に入るように促された一行は静かに開く扉の中央から、謁見の間というだけで建物がいくつも入りそうな広い広間に通されるのであった。
●謁見の間にて 「あ〜。あのヒトですよ。……じゃなかった。あのドリアッドさんですよ」 ナナカが指さしそうになるのをぐっとこらえて、マウサツの領主だったという話のドリアッドを示すと、ツバキが表情を僅かに緊張した物にする。 「遠路、ご苦労ですな。天子様にも皆様のご同胞の方々については、良くしていただけたという報告、確かに受け取りました」 すらりとした体躯のドリアッドがイズミより渡された巻物を御簾の向こう側にいる『天子様』に渡すのが見えた。 しばらく紙の擦れるような音だけが謁見の間に小さく響き、まんじりとせずに待つばかりであったが、彼等に注がれる視線は確かにユキの言ったとおり、値踏みするような色もあった。 「何か?」 イズミとハガネが伏しながらも、脇の物に視線を注いでいた武士に尋ねると、ドリアッドは一瞬間を置いて、柔和な表情を見せる。 「いいえ。業物をお持ちだと。麿にも少しは心得がありますれば」 「……ふ。何が少しわ……じゃ……これだけ研ぎ澄まされた剣気、同盟でも数少ないぞ?」 ソーウェは静かな表情で下がる武士を見送りながら背中に汗が流れているのを感じていた。 「……俺のも、そういう目で見られてる訳かねぇ?」 ヘルガが魔楽器を見ながら首を傾げていると、アスカとプミニヤも首を傾げて武器を見る彼等ドリアッドの武士達の瞳の色を探るように見てみた。 「悪意はないと思うにゃり」 「……コロセるなら、もうコロシてるはずだし……ね」 「物騒だな。確かに、武装解除しないだけの実力を持った武士もいると思うけれど……」 ガイゼも自分なりにドリアッド達の足の運びを見ていたのだが、中には自分と同等か、片手で余るだろうと思える者も居ることは判っていた。 「いい加減に落ち着けよ」 「ううう……そう言うけど、こないだサコンさんにあった時よりは緊張してないモン……」 余り自慢にならないナナカの返事に、おいおいとゼルフィルは呆れて肩を落としている。 「まぁ値踏みされても良かろう? それぞれが愛用の品を見られても、何の損もすまい? 武器があろうと無かろうと、わしらには戦う術がある」 「その通りだな。こんな不思議な建物見物に無粋な武器などはいらんだろう。いざと言う時は手刀で切り抜ける事も出来ようからな」 「ええ。素手でも悪あがきぐらいならできますから」 アヴディリア、カルロス、ジュダスの言葉に真っ青になるのはセリカである。 「そうですねぃ〜。脱兎は得意ですからねぃ〜」 「それはそれで、又問題な気が……」 リヒトンに思わず突っ込むヴェックである。 「動きがあるようですわ」 ユリアが少し頭を垂れ、御簾の向こうでの動きを仲間達に告げる。 「マウサツが姫領主、ツバキよ。そなたからの申し入れのあった件については、天子様よりご承諾いただける旨、謹んで受けるがよい」 「有り難うございます」 ツバキが先んじて申請していたことと言えば、同盟諸国によって鬼に侵略されていたマウサツを救われ、その礼に国を同盟に委ねたことだった。 「ついては、願いのあったマウサツの領主からそなたが下り、新たに国主を定めぬという下りについても良きに計らうようにとのお言葉である」 訥々と語るだけの人物だが、走らせる視線でツバキという人物を興味深げに見ていることは誰の目にも明かであった。 「よくぞ勤められましたな。鼻が高いというものですぞ」 先代のマウサツ領主といわれたドリアッドが朗らかに笑う。 「…………」 予想以上に簡単にマウサツ関連の事柄に付いてけりが付いた事に、いぶかしむ様な視線を送るチオウであったが、ツバキの手前、沈黙を守り通す。 「一段落という感じかな……まだ視線の意味は分かってないけど」 どうにも居心地の悪いユキが呟いていると、横で何やら囁き声が聞こえてきた。 「何事?」 「は。トオミフジ方面より伝令が入りますれば……御免」 耳打ちする武士の言葉は、やがて文官の表情を蒼白にさせてゆく。 「天子様に……」 御簾の向こう側に顔を向けた文官だったが、次の瞬間に発せられた声に硬直するようにして動きを止めた。 《静まるのじゃ……》 たった一言であったが、その声の重みと、発した人物の並ならぬ力……人物としての力がそのまま言葉に乗ったような重みを隊員達はその身で感じ取っていた。 《遠き友、遙かなる西方より至りし、我らが朋友にして盟友たる者の子らよ……》 朗々と、呪文の詠唱の如くに声が響く。 《心なき力は邪悪哉。力なき心は哀れ哉。技を身に付け、心を研ぎ澄ませ、神々の残した遺産を守る者、生きとし生ける全ての同胞を守る者……かつて誓ったこの平和、我は護ってきた。命を賭し、仲間と共に……此度は汝らの生きる様を、かつての誓いを果たすがよい……共に歩もうぞ。我らが盟友にして朋友たる者の子らよ……》 「そうですか、それで……」 エトワールが頷く。一足先に移動していた彼の見たところ、ドリアッド達は隊員達の扱う武器の手入れの具合、更には質についてを鋭く観察していたのだ。 武器を扱う者の力、そして力をふるう者の心、その双方を、彼等は確かめるためにここに呼んだに違いなかった。 「お言葉、この身に余る光栄に存じます」 部隊を束ねる者をといわれて、イズミが頭を垂れる。 《一つだけ、尋ねよう……殺さず、背かず、良く地を治める努力……そなた達は絶やさず生きてきたのじゃろうか?》 「……お答えいたします。我ら、全力を賭して天子様のおっしゃられる姿に近しく生きたいと望むものでありますが、必ずしも全てがそうであるとは言い難くあります。時には静の中に濁を飲み、完全なる敗北を喫するには至りませぬが、負ける戦の辛さも知っております」 「……」 隊員達の誰もが、そこまで言わずともと、息を飲んだ。包み隠さずが信条といえども、今がその時では無いとも思われたのだ。 《……成る程。報告の通り、じゃの……よくぞ、真実を告げた……》 何を考えているのか、知れない重い空気があったのだが、ほんの僅かに暖かい気配を感じた。 大人が子を見守るような、愛しい者を見守るような、そんな気配であった。 しばらく身じろぎもしなかった隊員達の前で、文官が御簾越しに何かを通すと、御簾の向こう側の影はそれを読んでいるように思えた。 そして…… 《我が誇る武士団よ。同胞の危機、今すぐに東方に向かうが良い……》 「は。天子様の御心のままに」 文官は腰から上を曲げて、次いで武士に向けてトオミフジ州に向けての出兵を静かに命じるのであった。
●楓華の国に迫る影 静かなる永劫の都、楓華の都に武士団の声が響く。 「うーん。愛用の仕込み、置いてきたのは早計だった兼ねェ」 手元の寂しさに思わず眉を寄せるマトラにウィンスィーがいそいそとその前を横切る。 「おおう。良いねェその武器」 「あ、あげませんよ?」 「駄目ですよ、マトラさん」 思わず手が伸びそうになって、ヴィルファにまで駄目だといわれ、正気に戻ったマトラはいけないいけないと首を振る。 「何かあそこで漫才が……」 「何処ですか?」 ティエンがウィンスィー達を指さすのに、クーヤはマウサツからの連絡を携えたまま肩を落としていた。 「そんな、武器に頼らなくてもとは想うんですが……」 書状をイズミに託し、クーヤも又走る。 一路、トオミフジ州との国境線となるキナイ州の外れまで、一気に走る。 「武器を側に置いておくのは、俺達のたしなみって奴だろうによ」 ワイドリィ達のような体格の良い者は自身の荷物以外に一品、背負い袋に荷を託されて走っていた。 「休みも取らずに駆けどおし……ドリアッドの方にも疲労が見て取れますね?」 フェリシスも安堵する。 相手がたとえ楓華列島に伝説となっているドリアッド種族であっても、自分達の同胞であるドリアッドと変わらず、疲れれば身体能力も落ちるし、空腹になれば…… 「カザクラの皆様方も、しばしこちらに……」 武士団員に呼ばれ、一カ所に車座に座した一行の中で、白い狩衣を身に纏った吟遊詩人が話の中で踊り、謳うと空腹だった隊員達が満たされていった。 「これは……」 「やはりな」 グローグススが驚くのに、チオウが頷いていた。 「どういう意味?」 見上げるようにサキアに睨まれて、チオウは肩をすくめてみせる。 「天子様達の用いていた技が神懸かり的な強さを誇り、楓華を平定に導いた、その神秘の技の数々、同盟の皆が用いる技だとすれば、納得がいくって話さ。俺達には伝わっていない、既に失われた技だからな」 「……それで、これの意味は?」 アリアもヒーリングウェーブの使いどころに似た吟遊詩人のアビリティの用いられたのを見て、関心が沸いた様子だった。 「勝手な憶測やけど、戦で一番かかる経費は戦士達の食事やで。それの消費を押さえて、決戦前夜にだけ本物を取ると見たでぇ」 「にゃ〜? 本物食べるにゃ?」 プソが嘴をさすりながら言う横で、お腹を上にして転がっていたアゲモンがむっくりと起きあがる。 「ジリュウの奴らが手に負えなくなったのはそこだな。トキタダもそうだろうが……兵糧の使い方が根底から変わったわけだ……楓華の戦が変わるな……」 呟く隊員達の中で腕組みのままチオウは難しい表情を変えずにいたのだった。 |