|
●出立の報せ 「コノヱとやら、楓華の祭りである星凛祭はどうだったでおじゃるか」 船の状況を打診しにセイリンへと赴いたコノヱは、タカムラ公と比較的すんなりと対話の場を得る事が出来た。先の三人官女の件と星凛祭の事も有って、機嫌が良いのだろう。 「はい、情緒豊かで趣の有る祭りでございました。願いを笹舟に託すとお聞きになりましたので、私も一つ祈願いたしました」 表を上げて、穏やかな口調でコノヱが感想を述べると、タカムラ公は満足げに幾度か頷いて見せる。 「良い祭りじゃろう。して、どのような願いをかけたのか。良ければ麿に教えてはくれぬでおじゃるか」 「……既に叶っております。私がかけた願いは再度、タカムラ様にお会いする事でしたから」 機嫌の良さそうな笑顔を浮かべたタカムラ公にコノヱが答えると、彼は興味深そうな表情を見せた。 「ほう、願いが叶うという言い伝えであったが、これ程早くに願いが叶うというのは初耳でおじゃる。して、コノヱとやら。おぬしの用向きは分かってるでおじゃるよ」 傍にいた家臣と幾つかやり取りをし、家臣はそそくさと音を立てずに部屋を出た。 「セトゥーナ……天領たる彼の地に渡る船の事じゃな? 船自体は既に準備出来ておるが、少々麿の方でも用意があっての。ようやくその仕度が整った所でおじゃる」 そこまでタカムラ公が説明を進めた時、先程席を外した家臣が手に書状を持って現れる。 「これでおじゃる。セトゥーナにある一国、イヨシキの王宛てでおじゃる」 家臣がコノヱに近づいて書状を手渡した。そっと懐に忍ばせると、タカムラ公は言葉を続ける。 「渡す際には、麿が宜しく言っておったと伝えるでおじゃる」 「……タカムラ様はセトゥーナの事を御存知なのですか?」 彼の言葉に僅かな違和感を覚えたコノヱが尋ねると、タカムラ公は一つ頷いて。 「少々、といったところでおじゃるが。少なくともおぬし達が身を寄せていたミナモの者よりは知っているでおじゃる」 暗にセリカ達の事を口にしつつ、タカムラ公は言い籠もった様子を見せた。それ以上口に出さない為に詳しい所は分からないが、どうやら何かしらの接点が有ると言う事だけは感じ取れる。 「船は明日にも出られるようになっておるが、いつ出るつもりじゃ?」 「そうですね……出来るだけ早く、です」 コノヱが遠慮がちに問いに答えると、タカムラ公は少々考え込んだ素振りを見せた後に再度言葉を紡いだ。 「……仕度を見込んで12日の朝頃でおじゃるな。おぬし達の旅が上手くいく事を祈らせてもらうでおじゃる」
「出立の準備が整ったそうです。12日の朝にはセイリンの港を出航し、セトゥーナの地へ赴く事になります」 セイリン王・タカムラ公との面会から戻ったコノヱは、開口一番にそう告げた。 出迎えた護衛士達に必要な事だけを口にすると、コノヱは出発した時の旅支度のまま、自室へと足を進める。 「もし何かありましたら簡潔に纏めて私に伝えてください。内容如何によっては一考致しますけれど……仮にカザクラやマウサツへ何がしかの助力をという事でしたら、個々の判断でそちらに向かっていただく事になるでしょう」 12日を過ぎれば、カムライは海を隔ててセトゥーナの地へと身を移す事となる。帰路が確保出来るかも分からぬ現状では、隊を抜ける事以外で彼らに関わる事は難しいだろう。 「カムライがそのまま残るのは難しいのでしょうか」 「渡航手段である船はタカムラ様が用立てた船です。こちらの都合だけで出港を遅らせるという事は、タカムラ様の機嫌を損ねる事になる可能性も有り得ます」 尋ねた護衛士に、コノヱが簡潔に答える。 本来の目的であるセトゥーナの調査、彼の地に存在すると伝えられる鬼の討伐を据え置いて、どのようにタカムラ公相手を説得するのか。不可能ではないが、それは酷く難事だという事を護衛士達は先の交渉で肌身に感じ取っている。 「イヨシキの王……一体どのような方なのでしょうか」 まだ見ぬ国の王はどのような相手なのか。イヨシキと呼ばれる国がある事だけは分かったものの、それは例えるなら氷山の一角。セトゥーナという土地全体を見た場合、一国の名前など、僅かな糸口でしかない。
先の三人官女を同盟へと迎える際に、門出の国マウサツを率いるサコンからの手紙に書かれていた、『マウサツからの船をセトゥーナでの落ち着き先に派遣出来る様、便宜を図って欲しい』という事も、カムライがすべき仕事の一つとなっている。 「連絡体制を確立する事は、カムライとマウサツの双方にとって益があるでしょうからね」 その様にサコンが書き添えていた事もあり、可能であれば、早い内に整えるのが望ましいだろう。 コノヱの話を聞き終えた護衛士達もまた、これから忙しくなりそうだと身支度を整え始めるのだった。
●出立の朝 ミナモの屋敷を離れ、護楓の盾カムライの一行はセイリンの港へと赴いていた。港には数隻の船が係留されており、その中でも一際大きな船の傍では船乗り達が物資の積み込みを行っている。 「カムライの方ですか。タカムラ様からお聞きしております、こちらからお乗り下さい」 護衛士達の姿を見受けた船乗りの一人がやってきて、船に乗るように促す。船体は護衛士全てが乗るに足るだけの大きさの物で、大きな帆が燦々と輝く太陽の日差しを受けて光を放っているかの様に見えた。 「物資の方はどうなっているんでしょうかね。準備などは……」 出立前から気に掛けていた事をリュウカが口にする。セトゥーナへ渡る間の期間が不明な事から、食料がどれだけ必要なのかの目算も付かなかったという問題があった。その結果として、結局殆ど物資を用意出来なかった訳だったのだが―― 「どうやら食料も積んでくれているみたいなぁ〜ん」 樽を担いでいた船乗りの姿を目ざとく見つけたスイレイが安堵の声を上げた。良く見れば他にも幾種類かの、保存の利く食料を積んでいるらしい。 「ふむ、これは有り難いな」 「ええ……カムライは吟遊詩人の方がウィンさんとシャムさんしかいらっしゃいませんから」 心中で申し訳ないな、と思いつつもラミアが素直な気持ちを口にすると、コノヱが微笑みながら同意してみせた。 「ほほう、時間通りにやってきたでおじゃるな」 大所帯のカムライをあっさりと見つける事が出来たらしい。同盟ではあまり耳にしない、珍しい話口調のタカムラ公が、見送りにでも来たのだろうか、幾人かの家臣と共に姿を見せた。 「カザクラから別れたるカムライの武士達よ、加減の方は如何でおじゃるかな?」 「これはタカムラ様、わざわざお見送りいただけるのでしょうか」 コノヱが頭を垂れると、タカムラ公は僅かに笑みを見せて頷いた。 「鬼が国を滅ぼしたと話の有る、彼の地に渡るのは死出の旅ともなりかねぬでおじゃろう。麿が見送らねば、おぬし達を見送る者達は居らぬじゃろ」 「確かに。タカムラ様のお心遣い、感謝いたします」 またもコノヱが頭を下げた。そんなやり取りを目にしていたフローライトは、会話の途切れる合間を見計らい、コノヱに耳打った。 「……先日尋ねた件、聞いちゃ貰えないかね?」 タカムラ公が知りうるセトゥーナの事。彼が口に出来る部分だけで構わないので、出来る限り聞いては貰えないか。出立前にしていた話を伝えると、コノヱは無言で頷いた。 「タカムラ様、少々お伺いしたい事があるのですがよろしいでしょうか」 簡潔に纏めてコノヱが問うと、タカムラ公は一瞬、困った様な表情を浮かべ。 「セトゥーナは遥か昔、天領としてドリアッド様が管理していたでおじゃる。当時の事は麿も知らぬでおじゃるが、そういった事情で気になって、一度だけ調査をした事があったのでおじゃる」 その場に居た者だけに届く程度の小声で、タカムラ公はコノヱに答えた。そう言えば、以前に天子様の教えによって、各州は交流をする事に制限が課せられていた事があったと思い出す。天子様に傾倒するタカムラ公からすれば、自身が教えを守らなかった事を公言する事は立場を考えれば難しい事だというのはすぐ理解出来る事だ。 「成る程、その折にイヨシキの名前をお知りになったのですね」 「……出来れば内密にしてくれぬでおじゃるか。天子様の耳に入るような事があれば、麿は、麿は」 「大丈夫さ。俺達がセトゥーナの鬼を退治出来れば、タカムラ様の御評判は更に高みへと上るだろうさね」 困った様子を見せていたタカムラ公にそうフローライトが言い含めると、タカムラ公は「そうでおじゃろうか」と僅かに浮上した様子を見せる。 「イヨシキへ渡ったらば、まず王と会うのでおじゃる。イヨシキの王・タダチカは大らかな心根を持たれておる故、きっとおぬし達の力となろう」 「畏まりました。色々とお気遣い痛み入ります」 タカムラ公の言葉にコノヱとフローライトが頭を下げると、公は家臣を引き連れて引き上げていった。 「さて、お話もよろしいですが、乗り遅れないように気をつけて下さい。乗り遅れてしまったら大変でございますからな」 様子を伺っていたポチョムキンが、顎鬚をそっと撫でながらフローライトとコノヱにそっと声を掛ける。既に大半の護衛士は船へと乗り込み、それぞれ所定の場所へと腰を落ち着かせていた。 「そう言えば酔い止めの薬ってどこやったっけ……」 「確かに気休め程度にはなるって船乗りの方が言ってましたが」 甲板の下、船倉へと入って腰掛けたアレスが懐をまさぐって酔い止めの在り処を探す。彼の様子を見たキヨカズは多少、半信半疑になりつつもアレスの様子を見守っていた。 「今のうちに外の様子を見ておいた方が良いかもしれませんわね」 出航前に甲板へとエレンシアが足を向けた。青々とした空の下、鴎が鳴き飛ぶ中、騒々しく船乗り達が出航の準備で忙しく走り回っている。けれど、彼ら護衛士達が来た頃よりも忙しさは収まってきていた。恐らくもうじき出航なのだろうと、エレンシアは空を仰ぎ見つつ感じ取っていた。
●海の上、船の上 「……うっぷ」 「おいおい、出すなら海にしてくんな。船汚されちゃかなわねぇからな」 海の様子に注意を向けていた船頭の一人が、やれやれと肩を竦めて見せる。せめて酔い止めにと色々と持ち込んだものもあったが、正直な話、焼け石に水。船酔いに罹った護衛士達は、やはり全体的に体力面でやや劣る術士と、護衛士の平均的な力量よりも下回る者が多かった。 無論、冒険者としてやや駆け出しの者や、霊査士のコノヱに至っては姿を見ない。駆け出しの中でも最も船酔いが酷かったのはニタリィで、出航後暫くして介抱を受けに船内へと運ばれている。 「……もう、ダメ……かも」 潮風に当たれば多少は違うだろう、そう思いふらふらとした足取りでツバキは甲板に出るが、そのまま倒れこんでしまった。彼女と同じくらいに疲弊しているイーフやセツカもまた、言葉少なくなっており……ぐるぐると気持ちが悪くて仕方が無い。 「……船ってこんな揺れるんですね」 「海……は、すごい……ね」 青ざめた顔で話す二人だが、正直なところ、そこまで言うのが精一杯だ。それ以上話すと中身が出てくるような気がする。 「風が出ているな。にしても、セイリンの港も遠くなったものだ」 船尾で遠眼鏡を手にしていたヨシダが、既に遠く離れた港に視線を向ける。既に山や森などの地形に紛れてしまい、港の場所が分からなくなっていた。 「私達も酔っていますが……随分マシのようですね」 他にも酔いが酷い面々の顔を見つつ、リュウカが呟く。彼女も大分気分が悪いが、他のものと比べると幾らかは良いようだ。 「船に乗った事の無い者からしたらかなり厳しいのう。しかもこれが明日も続くと言うのじゃろ? 早く着かぬものか……」 「正直、陸地が恋しいもんだ。普段踏みしめている大地が焦がれる程に思えるなんて思わなかったぜ」 目的地のセトゥーナ、イヨシキの国はまだなのかと思うサユキにレグルスが同意を示す。同盟諸国では海に出るという事自体が数少ない為か、船の長旅自体に慣れていない者が殆どだ。 「やっぱり耐性が少ないんだろうな……」 彼らを見やり、船酔いに罹っていないプルーがそんな事を考えながら苦笑する。 「無事につけると良い、ですね……」 彼女ら護衛士達が話す中に、気を張ってどうにか、といった風体のカエデが加わる。既に日は傾き始め、太陽は海の向こうへと沈みつつあったが、まだセトゥーナの港へは着きそうに無かった。
●波間 「異常は今の所無いようだな」 「何事も無く終わってくれれば良いのですけど……」 番についていたルシールは外の空気を吸いに現れたシトリークに話しかけた。以前に船に乗った際にはそれはもう酷い事になっていたのだが、今回はそうでもないらしい。 「右手の方に見えるのはセイカグドですね。確かあの辺りはトツカサでした」 「懐かしいか、やはり」 遠くを望むシトリークにルシールが尋ねる。そんな折―― 「……左舷前方に船らしき陰が見えますねえ」 見張りを続けていたレイクスが、海上に浮かぶ何かを見つけたのだ。 「あれは船の様だな……」 徐々に夕闇が空に広がる中、胸に湧く不快感を抑えながら遠眼鏡を覗いたフライトが告げると、護衛士達の間に緊張が走った。 「二……いや、三隻だな。しかもどうやら船上で戦っている様子だ」 「もう少し詳しくは分からないか?」 太陽が傾きつつある中、ライが緊張の混じった声で問う。それに答えたフライトが更に遠眼鏡で様子を伺うと、幾つかの事を知る事が出来た。 船は三隻横並びのような形で泊まっており、中央の船が両脇から先端にかけて左右から進行方向を阻害されている様に見受けられる。 中央の船から見て、左舷に取り付いた船には船乗りの姿が最も多く見られる。その手には小振りの刃物が握られており、どう見ても真っ当な相手には見えない。 同じく右舷に取り付いた船にいる船乗り達も似たような物だ。ただ、こちらは左舷側に比べて数が少ないが、多勢に無勢となる事無く拮抗していた。更には、時折光の弾らしき物を左舷から取り付いた船乗り達に放っている様子が分かる。 そして中央の船だが……他の二隻と比べて簡素な作りをしており、甲板上には左右から乗り移ったと思われる船乗り達の姿しか無かった。乗っていた者達がどのような状況なのか、今この位置からではこれ以上知りようが無い。 「左側の船が一番大きいようだ。それ以外は同じような大きさだな」 「……どうしましょうか」 この状況に際し、ユディエトは誰に問いかける訳でもなく、呟いた。恐らく海賊であろう、だが、自分達はセトゥーナへと向かう渡航の最中でもある。護楓の盾カムライとして、どの様な選択をするべきか……霊査士の動けない今、その判断は護衛士達に託されたのであった。
●セトゥーナの海賊達 「接近するぜ! 後はあんた達に任せて俺達ゃ引っ込んでるからな!」 船頭頭の叫びを耳にした護衛士達は応、と言葉少なに頷いてみせた。ポチョムキンの声を受けて、徐々に船は、三隻の後方から接近し、三隻並んだ船の後部へと船体を運んでいく。 「お頭、船が!」 「この糞忙しい時になんだってんだ……!」 「セトゥーナの船じゃねえぞ!? 軍船か?」 「親分ー! あっちの船もやっちまいますか!?」 「「気をつけろ、手前ぇら!!」」 三隻の船の上で様々な声が交わされる中、地響きの様な大きな音と共に、四隻の船が大きく揺れた。カムライの護衛士が乗った船が隣接したのだ。 「我はルシール・フォクナー! 我らはカザクラに連なる者【護楓の盾】カムライ! この場は我らカムライが預かる双方共に剣をおさめるがいい!!」 一際大きな揺れが収まった直後、中央の船へと乗り移ったルシールが戦闘の只中に切り込んで口上を述べた。だが―― 「何だてめぇらは!?」 「よく分からねぇがやっちまえ!」 彼の言葉を受け止めて従う者は、その場に居なかった。次々と姿を見せた護衛士達を、戦闘に乱入した第三勢力と見たのである。その証に左側の船からヒトの海賊達が現れて、護衛士達へと襲い掛かる。 剣を交えた瞬間、冒険者ほどの力を感じない事から一般人なのだと知れる。だが、揺れる船の上での戦闘に慣れないカムライの護衛士達は安定した姿勢を得る事が出来ず、思わぬ苦戦を強いられた。 「こ、これでは接触もままならぬか……!」 位の高そうなもの――この場合は両方の集団の頭だろうか――に接触出来ればと考えていたプルーが悪態をついた。 けれど、相手は既に戦闘中。命のやり取りを行うそんな中を割って対話を試みるなど、普通に考えれば難事だとすぐ分かる事だ。他にも停戦を呼びかける為に、フライトの放った声の矢文が彼らの足元へと突き刺さるが、受け入れられる様子は無かった。 「カムライ? 何者かは知らんが……我々の任務を害するならば!」 海賊達と戦っていたもう一つの集団……ヒトの武士らしき者達が仲間と陣形を組み、紋章術を用いた。即座に描かれた紋章からは光の弾が生み出され、ルシールへと放たれる。敵か味方かも知れぬ相手が戦闘中に横槍を入れたのならば、彼らの反応は已む無いと言えた。 「通じんか……ならば!」 光弾を受けつつも、襲い掛かってきた海賊達に向けてルシールが剣を振るう。慣れぬ戦場なれど、それを補える強さを持った彼は一太刀振るう事に一人、甲板の上に海賊を横たわらせていく。 カザクラ、カムライの名が抑止にならぬ時、襲い掛かってくる者あらば斬ると決めていた彼は剣を振るう事を止めなかった。 だが、冷静になって考えて貰いたい。ルシールも、プルーも、そして他の護衛士もなのだが――今まで接点の無い相手に、両集団の名前が通じる事があろうか? リョクバでも不可解な武士の存在があった為に、全く無い、と言い切れる事ではない。だが、発足して然程年月を経ていない集団の名前が交流の殆ど無い、海を越えた土地に知れ渡る事が普通に考えて有り得るだろうか。 その答えは、相対した海賊の反応から容易に知る事が出来た。それは、否だと。 「何だぁこいつら……!?」 カムライの護衛士達を目の当たりにした、武士を指揮していた男が注意深く距離を取る。眼光鋭く、逐一も見逃さずといった男の瞳は鷹の目と称せる程だ。
今この場で、改めて説明をするが――我々カムライは、多種族混成の護衛士団だ。楓華に存在する種族とは別に、ヒトノソリンやエンジェル、リザードマンといった、楓華列島には存在しない種族出身の冒険者が存在する事は周知の事実である。 「鬼じゃねぇが――訳の分からねぇ奴らが居やがるな」 だが、それを知る楓華の人間は、同盟に関わった事のある者だけだ。本来、海越えた土地の人間が知る由も無い。故に男は―― 「野郎どもッ! 船から離れるんじゃねえぞ!!」 仲間達に分散せぬように注意を呼びかけた。 「なんだぁ!? テメェらの味方じゃねえのかよ!」 「どっちも潰しちまえ、珍しく奴らの腰が引けてやがるしな!」 徐々に自分達の船に戻る武士とその部下達に向けて、髭を蓄えた男が下品な声で吠える。次いで、部下達に二手に分かれるように命じてみせた。手には鉈や鎚が握られており、船を潰す方向へと切り替えたようだ。 「それ程でもない……?」 手出しする事無く、防御の姿勢を続けていたティルは、後退する武士達を見て、彼らの力量がそれ程の物でないと看破出来た。 「私よりちょっと強いかも程度なぁ〜ん」 彼女と同じく思っていたスイレイが口にする。若しかしたら、彼らの強さは長年培った船上での身のこなしと、戦術的な物が裏づけとなっているのではないかと。 「何か変な雲行きになってきたわね……」 全てが敵だとしたら暗黒縛鎖で繋ぎ止めようかと考えていたエクリアが、武士達の様子を目にして眉根を顰める。 「待て、私達はセイリン王の援助を受けた武士団だ! 海賊の類ではない!」 そんな中、徐々に中央の船から撤退する武士らしき者たちに向けてラミアが叫んだ。その声を聞いた武士の一人は、相対していた海賊達を横薙ぎの斬撃を振るって一度に薙ぎ払うと、彼女に向き直る。 「セイリンだと!? 嘘をつけ、ならば何故ヒトやストライダー、それに訳の分からんものが居るのだ! セイリンはエルフの国と聞いているぞ!」 「そ、それは――!」 捲し立てるかのような返答が返る。武士の告げた事は尤もだった。同盟の、いやさ希望のグリモアの特異性を知らない者からすれば、カムライの存在は有り得ないものだ。ここ楓華では、過去に敷かれた約定を破り、異種族と手を組んだと判断されても仕方ない。 多種族混成の部隊。それを失念していた事は、カムライとしては大きな手抜かりだ。また、ラミアの言葉が先であれば、彼らの反応も違ったものになったかも知れない。 ヒトの武士はラミアの返答を待たずして、更に言葉をつづける。 「もしセイリンの武士団ならば、最初にその旨を口にすべきだろう! カザクラだかカムライだ言われたとて知る物か!」 それに、彼らと海賊諸共に戦いの場を預かろうとした事もまた、彼らの不信感に繋がっているようだった。だが、今それを知ったとて、どうする事も叶わない。 「イチロウタ、船の護りを固めろ! 奴ら、船を沈める気だ!」 ラミアに答えていた男の名だろうか。そう呼ばれた男はラミアとの会話を一方的に切り上げると、鎚を振り上げようとしていた海賊に斬りかかっていく。 「もう面倒だ! 適当にぶっ壊して逃げるぞ!」 髭面の男が叫ぶと、彼ら海賊の船の帆が広がり、大きく風を受け始めた。男の声を合図に、海賊達は自分達の傍にあった縄を斬り、資材に蹴りくれて、一目散に船へと逃げていく。 「貴様らが海賊でないのなら手を貸せ! 今、イヨシキの海を守護するセトゥーナの海賊たるジンラの手伝いをさせてやる!」 逃す積もりは無いと言わんばかりに、手に朱塗りの鞘と太刀を握った、鷹の目の武士――ジンラが、ラミア達に向けて叫んだ。ジンラは太刀を構えると、手近な海賊へと無数の斬撃を放った。
●不信 ジンラの呼びかけにカムライの護衛士が迎合してから半刻程が過ぎた。四隻あった内の一隻、髭面の男が率いていた海賊船は、部下達を捨石にしてこの場から逃げ出す事に成功していた。 即席ながらも護衛士とジンラの部下が連携しはじめた事で、一気に戦力差の傾いた戦場は、髭面の男が率いる海賊達の力を削いでいった為であった。 その結果、船酔いに苦しみつつも支援した護衛士、船を護り続けた護衛士達のお陰で、カムライが被った被害はごく僅かであった。 一方、冒険者達の猛攻を受け、部下の半数を倒されてほうほうの体で逃げ出した海賊達は当分の間、仕事をする事は出来ず、再起に長い時間を必要とするだろう。 「とりあえず礼は言っておくぜ。お前達のお陰で楽が出来たのは事実だからな」 太刀を収めたジンラが、護衛士達を前にして値踏みする様に視線を這わせる。彼の後ろに居る部下達もまた、気を緩める事無くカムライの護衛士達の様子をつぶさに意識を向けていた。 「本来の目的だった商船の護衛も、とりあえずは済んだしな。しかし、お前ら……何しにセトゥーナに着やがった。セイリン王はお前達を寄越してこの州を荒らす気か?」 「いいえ、私達は鬼が国を滅ぼしたと伝えられているセトゥーナの調査と、鬼の退治が目的です。荒らすような事が目的ではありません」 訝しげに護衛士達を見るジンラに、シトリークが説明を行うがあまり芳しい反応は見られない。それどころか…… 「……調査、ね。鬼と戦うのは構わんが、状況をろくすっぽ見ねぇで無闇矢鱈に剣を抜くのは褒められた話じゃねぇな」 先程の突入時、双方構わず力を振るおうとした事をジンラに指摘される。それを言われると立つ瀬がないと、シトリークは丁寧に頭を下げた。
勿論、こちらばかりに非がある訳ではなく、彼らの対応にも思う所はある。だが、相手の立場に立って考えてみてはどうだろうか。 停戦を告げる相手の素性が知れぬ上、今までに目にした事の無い種族の者達が混在している事が分かったら、どのように振舞うべきであろうか。また、ここはランドアースではなく、常に戦乱の只中に有る楓華列島なのだ。 更に言えば、カザクラなどで過去にヒトノソリンが奇異の目で見られた様に、同盟が内包する特異性を織り込んで考えていなかった事は、注意不足と断じて良いだろう。不確かな物に対し、警戒してかかるのは、相手も一緒なのだ。 「何か既視感を感じますね……」 漠然とそんな事を思う。けれどそれは、既視感では無い。既に体験した事柄を僅かながらに思い出し、反芻しているのだ。 マウサツに初めて同盟のドリアッドが訪れた時から思い起こし、キナイまでに辿り着くまでの間に、様々な積み重ねを【門出の国マウサツ】と【楓華の風カザクラ】は行ってきた。だが、彼らが行動を積み重ねる事で培った信頼は、海の向こうであるセトゥーナでは殆ど意味を成さないだろう。何故ならば、彼らがセトゥーナへ足を踏み入れた事が一度足りとて無いからだ。 今までの積み重ねが通用しない土地へ渡るという事は、改めて地盤から築き、行動する事で得られる信頼を積み重ねていかなければならない。そういう事なのだ。
「もしよろしければセトゥーナの話や、先程の相手が何者かを知りたいのですが……教えていただけませんかねぇ」 彼らのやり取りを見守っていたレイクスが問うと、ジンラは憎憎しげに顔を顰めた。 「タダチカ殿と会えば少しは聞けるだろうよ。セイリン王の伝があるならな。さっきの奴らは海賊だ。それ以外の何者でもねぇ」 「……ジンラ様もセトゥーナの海賊ではないのですか?」 戦闘が収まってようやく動けるようになったコノヱが、ヨシダやレグルスに支えられて姿を現して、尋ねた。彼女の問いは他の護衛士達が抱いた疑問でもある。 「説明すると長くなるが、奴らは国の認可を受けた海賊じゃねえ。モグリの、下種な海賊さ……もうこの辺で良いだろ。助力した礼にイヨシキの港までは同行してやる。後はお前らで上手くやれや、鬼退治の武士団様」 これ以上の質問に答えるのは面倒だと言うようにジンラは肩を竦めた。彼はそのまま商船へと移り、隠れていた商船の船頭達と何やら話をし始める。 夜が明けて、商船は帆を広げて出発の仕度を整えた。カムライの面々が乗るセイリンの船もまた、準備を整える。二隻の準備が整った事を確認したジンラ達は、そのままイヨシキの港へと導くべく船を出発させた。 その後、取り立てて問題は起こらず、太陽が最も高く上った頃合にカムライの護衛士達が乗り込んだ船はイヨシキの港へと到着したのだった。
【終】 |