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● 太陽が遠い。まだ中空に太陽が輝いているのに、その光は地表に届かない。空を埋め尽くす勢いで集結したドラゴン達の禍々しくも力に溢れた羽根が、そして巨体が光を遮り大地は黄昏時の様に翳っていた。 「あーあ。せっかく焦らしていたぶってから殺そうとしたのに、氷の裂け目からかな? 奥に入っちゃったよ」 牙狩人らしいドラゴンが不満そうに言う。 「すぐにドラグナー達が来るから奴らにやらせればいい。いくら『魂の石』が関わっているからといって、我らを呼ぶ必要はなかったのではないか?」 別のドラゴンが素っ気なく言った。集まったドラゴンの半分ほどは早くも引き返そうと反転を始めている。 「いいじゃない。久しぶりに見るヒトなんだから遊んだってさ。でも、どうでもいいや。ドラグナーが来るの、あとどれくらい?」 「あの氷の山の向こうまでは来ていたから、もうすぐ到着するじゃろうのぉ」 少し古風な口調のドラゴンが首を巡らせ北東にある氷の岩山を示す。 「じゃあさ、それまでボクがあのヒト等と遊んでてもいいよね」 「ドラグナーどもはすぐに突入させる故一緒くたにしてあまり殺すではないぞ、下働きがおらぬではそれこそ面倒じゃ」 「一応言う……散らかしすぎるな。『魂の石』を回収するのが面倒だからな」 酷薄そうなドラゴンの言葉に返事せず、子供っぽい口調のドラゴンは彼等の言う『ヒト』達が消えた地点へと向かって一気に高度を下げた。
どこに光源があるのかわからないがそこは仄かに明るかった。青とも緑とも判別出来ない光に淡く照らし出された空間は深海の底にいるかのように静かだ。 「ここは?」 誇鋼の騎士・セレナード(a65333)は辺りを見回した。ホールの様に天井が高く、その1箇所から光が漏れている。そこから落ちてきた様だ。 そこに別の光が現れる。希望への導き手・フィリア(a11714)の頭部で輝く明るく白い光だ。 「これでここの様子がもう少しわかります」 ランタンや松明が一斉に灯ったかの様な白い光に照らし出される。色々な物が乱雑に散らばっているが、特にこれといった物はない。 「多分、私が救命艇に入り込んで飛ばされた場所だと思います」 あまり自信はなさそうにデュンエンが言った。 「同じ装置、他にあらへんの?」 「ありません」 「なんや、がっかりやな」 デュンエンの返事に真夏の夜の夢・ティターニア(a64330)は落胆の色を隠せない。デュンエンに寄れば、南へ向かえば外へと出る正規の扉があり、北方向に向かうと遺跡の奥へと行けるらしい。 「この遺跡は途中で様子が変わる。奥は未知の場所ゆえ行かぬ方が良いと思っていたが、そうも言っていられぬか……」 足に大きな怪我を負ったタロスの長、ドゥーンが低い声で言った。 「はい。このままではすぐにドラゴンがやってくるでしょう。あの数を相手に出来ません。手を貸しましょう」 降りそそぐ木漏れ日・スタイン(a04948)は座り込んでいたドゥーンに手を差し出す。一瞬、ドゥーンはスタインの手を見つめたまま動かなかったが、すぐにその手に自分の手を差し出した。 「先に奥へ向かいます。申し訳ありませんが、デュンエンさん、僕と一緒に先行してもらえますか?」 青い装甲に覆われたグランスティードに騎乗した 護る盾・ロディウム(a35987)に乞われデュンエンが同じくグランスティードの背に乗る。召喚獣の背に乗るのは初めてだろうが、躊躇う余裕はない。 「しからば拙者も同行いたそう。ケラソス殿、ご同道いただけるでござろうか? この様な際には貴殿の探索の術がどうにも必要になるのでござるよ」 「承知いたしましたわ」 風薫る桜の精・ケラソス(a21325)は風花・サクラ(a62403)の手を借り、赤い装甲を装備したグランスティードの背に乗る。 「後はお願い致しますわ」 サクラに身体を預けると、ケラソスは喚びだしたクリスタルインセクトと意識を連動させる。 「僕達も行きましょう。お怪我の酷くない方は一緒に脱出手段がないか探すのを手伝って貰えませんか?」 背の荷を背負い直し、立ち上がった碧明の若樹・キズス(a30506)はタロス達にも声を掛ける。数人のタロスが立ち上がった。 「オラァアアア! 歩くのが辛い人は教えてぇええ。手だって肩だって貸すわよぉ!」 異風の叫奏者・ガマレイ(a46694)はへたり込んだり、うなだれたりしているタロス達に渇を入れるかのように大きな声でシャウトする。 「でもぉ! 最初に言っておくわ。敵に追いつかれて全滅するってなったら誰彼構わず置いていくからね! 非情かもしれないけど、しょうがないっ。だから早く、今は立ってぇえ!」 情け容赦のない言葉だがガマレイが叫ぶとサバサバしていて、悲愴も悲痛もない。 「えっとぉ、私も肩貸しますよぉ。はい、立てますか? 敵が追ってくるかもしれないからぁ、先を急ぎましょう」 大事な弓を背にしっかりと背負い、瑠璃色の魂抱く大地の守護者・ペルレ(a48825)はタロスの1人に手を差し出した。 「強いんですね、ランドアースから来た方々は……私はもう……」 「駄目ですよぉ、諦めちゃったら終わりになっちゃいますですぅ。まだ、絶対まだ頑張れるんですよぉ」 すがるような目のタロスにペルレはコクンとうなずく。真っ直ぐな瞳に見つめられ、よろよろとタロスは立ち上がった。 「わかりました。そう仰るのならもうちょっとだけ頑張ってみます」 「はい! 行きましょう」 助け合いながら負傷達も遺跡の深部へと歩き出す。不羈の剣・ドライザム(a67714)もエルフの霊査士・マデリン(a90181)を青い装甲のグランスティードに乗せていた。 「わたくしではなく、お怪我をしたタロスさんを乗せた方がよろしいのではありませんの?」 「こんな場合だ。感傷は捨ててもらう。わかっているだろう」 「……はい」 霊査という特殊能力は失うことも、敵に渡すことも出来ない。生きて虜囚となるならば、死をもって機密保持しなくてはならない程、敵に知られてはならない事だ。まだ何か言いかけたマデリンだが、不意にクタリと身体が前のめりになった。意識がない。 「来るぞい!」 グランスティードを走らせながらドライザムは叫ぶ。その言葉に被さるように天井部分がミシっと軋んだ。天井が更に大きな音を立てて軋んでいる。再度、衝撃が襲い激しい揺れが続く。耐えきれずにバラバラと建材が雨の様に降りそそぐ。徒歩で先行している者達も既に奥へと走り去っており、その場に残っているのは、魔王様・ユウ(a18227)、翔剣士・ヘルムウィーゲ(a43608)そして泡箱・キヤカ(a37593)であった。 「来ますか!」 ユウの言葉通り、天井はとうとう崩壊した。次々に降ってくる大きな天井部分……そしてその向こうに……ドラゴンがいた。ドラゴンとしてはやや小振りだが、その目に宿る残忍さは底知れない。 「キヤカさん、下がってください」 ヘルムウィーゲはそう背丈の変わらないキヤカを自分の背で庇う。 「みーつけた。よかった、壊れた拍子に死んじゃったかと心配しちゃったよ」 うっすら緑がかったドラゴンの巨大な前肢が穴の隙間から差し込まれ、冒険者達へと伸びる!
『皆さん! 逃げて! ドラゴンが追ってきました!』 キヤカの声が皆の心に響くと同時に、そのキヤカの目の前でヘルムウィーゲとユウ、そしてドラゴンを飲み込み、擬似ドラゴン界が創世された。
● 数体のドラゴン達がのんびりと眺める中、地表近くにいた小さなドラゴンの姿が消えた。変わりに奇妙なモノが一瞬前までドラゴンがいた辺りに在る。 「なんだ? ギロクティースの奴、どこに消えた?」 「面妖じゃ。忽然と姿を消すなど、あやつにかような技があったかのぉ」 「あの妙なのも気になるが……丁度良い、ドラグナーどもが着いた。者ども、あの氷の下に潜む弱いきヒトの末裔どもから『魂の石』を奪い返せ!」 「ホホホ、我らは手出しせず静観するというか。ウッシューリィセウス殿はあざといのぉ」 「そういう奴が長生きするのさ、なーウッシュー」 指令を受けたドラグナー達は、先に穿たれた穴へと群がり次々に侵入していく。
キヤカの声は皆の心に響いた。その切迫した様子がズシリと心に響く。 「キヤカ……ユウ、ヘルムウィーゲ……先に行く。必ず、必ず追いついて……」 気を失っているマデリンにはドライザムの押し殺しても漏れてしまう嗚咽のような声は聞こえない。遺跡の深部を目指してグランスティードは言葉にならない主の心のままに走り続ける。あっと言う間に先行していたタロス達と歩く仲間を追い抜いていく。 「先に行って下さいませ。吾は後から参ります」 肩を貸して一緒に歩いていたタロスから離れ、巫蠱箱・チグユーノ(a27747)はその場に残る。 「この人、お願いね。右の脇腹に傷があるから、そっちは伸ばしたりしないようにしてくれると助かるよ」 天藍顔色閃耀・リオネル(a12301)も担ぐようにして歩いていたタロスの身体を別の、もうちょっと楽に歩けそうなタロスへと預けた。満身創痍のタロス達が互いにかばい合って歩き出すと、冒険者達は身を翻した。暗がりの向こうに敵がいる。隠すつもりもない殺気が吹きつける。崩落した天井からの光がその不気味な追っ手達の姿を浮かび上がらせた。身に余る力を欲し、ヒトの則を侵しながらも絶対的なる力に見放された浅ましき存在……僅かばかりの力を帯びた不完全なる輩達、ドラグナー達の姿があった。ドラグナー達は後から後からやってきていて、正確な数はわからない。 「見つけた」 「ヒトの末裔だ」 「返せ、命を差し出し『魂の石』を返せ!」 ドラグナー達が殺到してきた。そうは見えなかったが、冒険者達は朝から続く戦いと転戦で疲れ切っていた。使えるアビリティもせいぜい1つか2つ。それでも、ここは戦闘を避けて後退出来る状況でない。 「オゥケィ! ヒァウィィィ・ゴウッ!」 タロス達が一足先に奥へと向かったのを確認すると、ガマレイはドラグナー達へと向かって楽器を構える。これまでも数多の戦場を共にしてきたギターはもう1人のガマレイであり、無二の友でもある。このギターあるかぎり、この声が嗄れるまで戦える。衝撃波が先頭のドラグナーを撃つ。そのドラグナーは側背から血をしぶかせ倒れた。同時にドラグナーの横でリオネルが立ち上がる。 「悪いけど、容赦しないからね」 リオネルの爪を血が伝う。普段とは違う殺気がゆらりと立ち上る。 「ここから先は通せません」 「どこまで出来るか解りませんけれど……吾達はここで倒れるわけには、まだ倒れるわけにはいかないのですわ」 蔦の鮮やかな緑に覆われたスタインの両手がドラグナー達へと突き出される。スタインと同じようにチグユーノも術手袋に覆われた手をつきだした。真夜中の空の様に深い黒絹に包まれた小さな手から衝撃波が走る。2つの衝撃波は倒れたドラグナーのすぐ横にいた敵を撃つ。 「狙わせて貰うですぅ」 仲間達よりもやや退き気味の位置からペルレの矢が放たれる。渾身の力を込めて引いた弓から繰り出される矢はほぼ一直線にドラグナーの胸を貫く。そしてペルレの手にはもう次の矢が準備されている。 「皆さん……」 ペルレよりは前だったがフィリアも多少引き気味の位置でギュッと杖を握っていた。仲間を回復出来る手段はもう残り少ない。使いどころを間違えては――先はない。 「うちよりも前に出たら危ないから、気ぃつけてね」 紅の剣を抜き、ティターニアは身構える。敵は前から殺到しているが、伏兵がいないとも限らない。視線は油断なく左右へも移す。 「弱き者の屍は足蹴にして越えよ! 目指すは『魂の石』なり!」 「奪還せし者には褒美があるぞ! ドラゴンの力だ!」 「進め! 進め!」 ドラグナー達は踏みとどまり、押し返そうとする7人の冒険者達を飲み込む勢いで殺到した。
「戦いの音……ということはドラゴンではなくドラグナーか」 遺跡の内部は随分と様変わり、辺りは大神のしもべ、レアの内部と似た構造、装飾となっている。ドライザムはレアの内部を見たことはなかったが、これまでの遺跡と違う事は明らかだ。荘厳なる世界に相応しい静寂は今来た方角からの剣戟の音にかき消され、圧倒的な殺気が押し寄せてくる。
● 「うん! 絶対に絶対に諦めない。だから、足止めします!」 キヤカは決めた。そこが死地だとわかっていても、逃げない。そこには仲間がいて、どうしても進ませてはならない敵がいる。 突入した擬似ドラゴン界の中ではキヤカの髪は長く、緩やかにウェーブを描く。 「キヤカさん! 何故……ですか!」 空を駆けるヘルムウィーゲがキヤカに気が付いた。迫り来る巨大な矢をすれすれで回避しつつ、キヤカに駆け寄る。 「2人じゃいくらなんでも無理です。あたしも、あたしもお手伝いします!」 キヤカはもう愛用の弓を手にしていた。どうやら敵ドラゴンも弓を使う。相手に不測はない。 「1人で死ぬのが寂しかったの? ごめんね。でも、大丈夫。ボクがちゃんと殺してあげる。あ、でもその前にこの変な世界、なんなのか教えてよ」 ドラゴンは楽しげに嗤う。その鼻先を黒い炎が鞭の様に伸びた。ドラゴンは避けたが大きく体勢を崩される。それはユウの攻撃だった。ドリアッドらしからぬ白銀の瞳と髪だが、赤い椿の花は変わらない。 「ここは私が食い止めます。2人とも外へ!」 「無理です!」 「そうです。ユウさんだけなんて!」 「命の使いどころを間違えてはいけませんよ。敵がこのドラゴンだけだと思っているんですか? 早く!」 「仲間割れ? 見苦しいよ」 ドラゴンの矢がキヤカとヘルムウィーゲへと放たれる。直撃こそ免れたが、爆発して衝撃が腹の奥底にまで響く。鈍い痛みが広がっていく。 「失礼ながら、あなた方ドラゴンに言われる程ではありませんよ」 ドラゴンの無防備な背後にユウの黒炎が襲いかかる。 「先に死にたいの?」 「さぁ……ね」 擬似ドラゴン界の上空へとドラゴンとユウは駆け上がりながら戦う。擬似ドラゴン界を維持し続けなければ一瞬たりともドラゴンと互角にはやり合えない。 「ヘルムウィーゲさん」 「……いきましょう」 擬似ドラゴン界から2人の姿が消える。
戻った場所は遺跡の中で、仲間達とドラグナー達とが死闘を繰り広げていた。キヤカとヘルムウィーゲも否応なくこの戦いに巻き込まれていく。
● 遺跡の深部へと先行する者達にキヤカの『声』は届かない。けれど猶予がないのは初めてから解っている。 「新しい部屋だ。俺が先に行く。扉の解除を頼む」 荒野を渡る口笛・キース(a37794)が言うとデュンエンは即座に扉の近くにある操作盤へと走る。何度も繰り返された作業なのですぐに扉が開いた。罠の危険を考え、キースは部屋に入るとすぐに壁際へと移動した。そして壁づたいに進む。模様の描かれた壁に3つの操作盤がある。 「大丈夫そうだが、気をつけて欲しい」 キースは後続に手招きする。 「ここもさっきと似たような部屋だな。変わり映えしない」 カンテラで辺りを照らしながら、探索士・エルヴィン(a36202)はざっと部屋の様子を見回す。広くもない部屋の3方の壁にそれぞれ操作盤が置かれていた。これといって違いはなく、どれも同じもののように見える。 「これは……文字なのでしょうか? 何か書いてあるけれど絵なのか記号なのか、それとも意味のある文字なのか……わかりません」 次から次へと操作盤に取り付き、死の恐怖・シオン(a16982)はそれを丹念に調べていく。けれど、紋章術士としての知識と経験を総動員しても操作盤に描かれた『形』の意味がわからない。悔しくて……だんだん悲しくなってくる。自分は、自分の力は役になっていないのか? 「時間がない。手当たり次第にやってくれ。なんでもいい。動かせないか?」 鈍色銀糸・カルア(a28603)は同行しているタロス達に言う。言いながら自分も操作盤を観察する。エギュレ神殿図書館での記述、ドゥーリルの灯台を調査した時の事……何か、接点、類似点、ヒントはないのか。 「駄目です。ここは動きません」 「わかった、次に行こう」 部屋を出たところで別の部屋を調べていたキズス、ケラソス、ロディウム、セレナード、サクラと合流し、更に奥へと向かう。行き止まりとなっていた大きな扉を解除しているときにドライザムが追いついた。 「ドラグナー達が来ている。他の皆が戦っている」 気を失ったままのマデリンはぐったりとしたまま動かない。 「その様だな。声が随分と大きくなっている」
「開きました」 デュンエン達タロスが操作盤から数歩退く。同時に重く大きな扉が開いた。その向こうは広く、薄暗い。真っ先にケラソスの喚びだしたクリスタルインセクトが部屋の中へと進んだ。その間も扉は左右の扉に吸収されていく。 「ケラソス殿、何かおわかりか?」 がっちりと身体を支えていたサクラの腕の中でケラソスが身じろいだ。視点が定まらないのか、数回頭を振る。 「大丈夫ですわ。中は……操作盤か幾つかありますが、他には何もありません。危険はないようです」 「ここは……ここからなら、どうにか出来るかもしれない」 ふらりと足を踏み入れたセレナードは一直線にそのだだっ広い部屋でもっとも大きな操作盤へと走る。 「やっぱりわかりません」 その操作盤にもいくつかの模様が描かれているが、シオンにはその意味はわからない。その間にも戦いの声、音、衝撃、殺気……全ての気配が近づいてくる。 「来るぞい! もう時間がない」 ドライザムはマデリンをシオンへと預け、開け放たれたままの扉へと向かった。敵に押され後退してくる仲間達の姿が見える。 「俺も行く。あの扉で押し返してみせる」 明るい色の髪を灯火の様に揺らしキースも走った。 「僕も行きます」 部屋の壁、床を調べていたキズスは立ち上がった。もうこれ以上調査をしている時間はない。扉の方へと走ると、『高らかな凱歌』を使った。声が響き音が歌となり、癒しの力が仲間達に最後の力を与えてゆく。 「タロスでも誰でも言い。何でもいいから操作盤を動かしてみてくれ。このままじゃ部屋に殺到されて全滅だ」 カルアが操作盤を手あたり次第にいじりたおす。シュンと音がして壁がスライドして通路が現れる。 「私が扉を……閉めます」 「僕も行きます」 操作盤へデュンエンとロディウムが向かった。 「わからないがやるしかない!」 エルヴィンもカンテラを掲げ操作盤をデタラメに押す。その中の1つがカチっと音を立てた。 「え?」 何も起こらない。けれど足のずっと奥で小さな振動が起こる。それは次第に強くなり、数秒後には大地震かのような激しい揺れとなった。立っていることさえ困難になる。それがドラグナー達の虚をついた。扉は既に閉まり始めていた。 「中へ!」 「早く!」 デュンエンとロディウムの声にせき立てられ、戦っていた冒険者達が部屋へと飛び込むのと、扉が完全に閉じるのはほぼ同時だった。
激しい揺れにもう部屋の者達は立っていられなかった。遺跡が崩壊するのか。サクラはギュッと革袋に包まれた『石』を抱きしめた。
● もう空を駆ける事が出来ない。身体は鉛を飲んだかの様に重く、空気さえ腕や足に絡みついて自由を奪う。不本意ながらついた右膝だが、もう立ち上がることが出来ない。 「ヒトの割には頑張ったけど、ボクの勝ちだね」 大きく翼を広げ空に浮かんだドラゴンは勝ち誇った様子でユウを見下ろす。ドラゴンの翼にも身体には幾つも大きな裂傷があり、血が流れていたがどれも致命傷ではない。その言葉にユウは口元に複雑な笑みを浮かべる。 「ドラゴンは狡猾で利口だと聞きましたけれど、これほど知性に欠けているとは思いませんでしたよ。やはり噂などというものはあてになりませんねぇ……」 痛烈な皮肉にドラゴンはせわしなく翼をはためかせる。 「負け惜しみ! お前はここで死ぬ。ボクは勝って生きる! なのになんだよ、その顔! その態度は!」 ヒトの子供ならば地面をジタバタと踏みならしているところだろう。けれどユウは相手にしなかった。ゆっくりと視界が暗くなってきていて、空のドラゴンはもうとっくに見えなくなっていた。血を流しすぎたのか……それともこういうものなのか。その暗い世界に様々な思い出が蘇る。歴任した特務部隊での苦しくもやりがいのある任務。旅団や酒場の依頼での出来事。待っていると、帰ってこいと送り出してくれた友の顔が次々と浮かんでくる。力無く頭を振り、目を凝らす。身体を包む込むようにして燃えていた黒い炎が消えてゆくところだった。それぐらいの時間は足止め出来たのだ。彼等なら、もう大丈夫だろう。 「私の……勝ちですよ。頭の悪いドラゴンの坊や」 右手がもうあがらないけれど、感覚もなかった。術手袋は破れてボロボロだったが、手の甲に描かれた紅の十字はかろうじて残っている。これとも随分と長いつきあいだった気がする。 「おまえなんか、おまえなんか! 死んじゃえ!」 ドラゴンの大きな矢が禍々しい光を帯びて放たれ、ユウの唇は最も短く端的な2文字の侮蔑の言葉……その形に開かれた。
緩やかに擬似ドラゴン界が崩れ……消えた。擬似ドラゴン界から解き放たれたドラゴンは大地が崩れるのを見た。その分厚い氷の下から何かがせり上がってくる。否、それはそのまま空へと飛び立とうしていた。血みどろのドラゴンはわけのわからないまま、飛び立たせまいとその一部に取りすがる。 その時、何かの激しく強い『力』が、せり上がってきたソレから噴出した。『力』はドラゴンを焼き、吹き飛ばし……そして圧倒的な力で、猛烈な速度で空高く舞い上がった。その速度はドラゴンの力をもってしても追いつけない程、凄まじい速さであった。
20人の冒険者とタロス達を乗せ、遺跡はドラゴンを振り落とし空を駆けた。
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