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「進もう」 それが鍛錬の霊査士・ジオ(a90230)の答だった。 むろん、後に退くのでなければ、それより他に択るべき道はないのである。 霊査士はドラグナーの遺物を受け取り、霊査を行うや否や、そのような決断を下した。 「ドラグナーが大挙して入口を固められてしまっては付け入る隙がない。だが狡猾なドラグナーは、それゆえ慎重だ。かれらが状況を把握し切るより先に、すばやくトンネル内に入り込み、やつらの懐に身を潜める。それしかない」 調査隊はにわかに慌ただしく、出発の支度にとりかかった。 そして再び、あのトンネルの入口へ――。 そこは、先の戦いのときとなんら変わらず、ただ静かに、ぽっかりと開いた深淵のような口をあけているだけだ。ドラグナーの姿はなかった。 遠眼鏡でそれを確かめたあと、調査隊は慎重かつすみやかに、入口へと接近する。 やはり、新たなドラグナーの気配はない。 だが生きて、この奥へと落ちのびた一体がいる以上……、先にはどのような苦難や危険が待つことになるのか、想像もつかなかった。それでもこの――今や魔物のあぎとのようにさえ思えていた入口に、32人は飛びこまねばならなかったのである。 ふと、メリーナ(a10320)は、もと来た道を……、今まで旅してきたコルドフリードの氷原を振り返る。 (「しばらくは、この空とも雪とも、さよならでしょうか」) どうか願わくば、次に、また同じ人数で、この空の下へ戻ってこれますように。 名残のように、ブルーグレイの空からは、雪が舞いはじめていた。
中は、外よりも暖かい……と思えたのは、しかし、ごく最初のうちだけだった。 風がないので、身を切る寒さからは逃れることができた。 だがそのかわり、時間が経つにつれ、骨身に染みる冷気が足もとから這い上ってくる。 坑道のような道は、わずかに下方への勾配を持ち、一行は自らが地底へと向かっていることを知る。 初めは明かりがなく、危険を承知で、遮光ランタンを絞りながら使うよりなかった。 そして、どのくらい歩いただろう。 坑道は、ひとつの戸口をくぐって、新たな領域へと一行を導いた。 山脈の地底を貫く大トンネル――。その言葉に偽りはなかった。今、下ってきた坑道は、いわばその支道だ。 山脈の裾野から西へと下ってきた支道は、南北によこたわる本道に合流する。 そこは、巨大な地下空間だ。天井も地面も闇に呑まれ、その全容を知ることはかなわなかった。その空間の両岸には、大小さまざまな区画――タロスの居住区のような、すべてが金属でできた部屋やテラスのようなものが、複雑に入り組んで存在しているようだった。それらは互いに通路や、階段や、金属で組まれた足場や、中空を横切る渡り廊下などで結ばれている。ところどころに、正体のわからぬ光源があって、ぼんやりとした灯りを――この深く巨大な闇の前ではあまりに頼りなく思える灯りを投げかけていた。 一行がいる場所の、ちょうど「向こう岸」に明滅する灯りとの距離を見るにつけ、この空間の幅は数百メートルはあっただろう。 「隠れられる場所があるはずだ。今入ってきたのとは別の支道を探そう。これだけの広さがある。そう簡単には見つからないよ」 声をひそめて、ジオは言った。 霊査士の言葉通り、しばらく慎重に周辺を探索した結果、その場所を見つけ出すことができた。 トンネル本道にあたる大空間からは、脇にそれた一区画。ちょうど、クレバスの中で見つけて一夜を過ごしたのと似たような部屋の集まりである。入口は手をふれるとひとりでに開く金属製の扉。その先に、大小いくつかの部屋が通路で結ばれている。 入口はふたつあり、それぞれが別の支道に通じているので、万一の場合、トンネルの広い場所へ脱出することができそうだ。 「ここで休もう」 団長の提案に従って、団員は荷物と緊張の糸をゆるめるのだった。
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