(銀誓館学園の、ある一室)

『久しぶりだね、エレイン。前に会ったのは、何年前だったかな』
 渡された受話器を耳に当てた吸血姫エレインは、アルバート・ローゼスの声に息を呑んだ。
「アルバート。……何の用かしら?」
『久々に言葉を交わす従弟相手に、つれないね。……とはいえ、この電話を取り次いでもらっている銀誓館学園の人に迷惑をかけてはいけない。手短にいこう』

 神戸の吸血鬼アルバートはそう言うと、一呼吸で切り込んで来た。
『君達の組織は、僕達の組織にスパイを潜り込ませているね? 狂気に陥った者達の棺の輸送が失敗したのも、ヨーロッパに銀誓館の生徒達が行くのが君に伝わっていたのも、そのせいだ』
「今さら気付いたのね。それとも、軟弱者にしては早かった、と誉めて差し上げましょうか?」
『軽口に付き合う気は無いよ。君達のせいで、こちらは立場を悪くするところだったんだ』
 エレインがからかうと、アルバートの声にも微かな苛立ちが混じった。
 その苛立ちを深めてやろうと、エレインは言葉を続ける。
「あなた達は年長者が狂気に陥ったと言ったわね。けれど、私達の見解は違う。血を求め、自らの勢力を拡大すること……それはすなわち、ヴァンパイアの業。彼らは、自らの業に目覚めた方達よ。その行動を抑制する事こそが罪であると、何故気付かないの?」
 見解の相違を強調するかのように、言葉の後には嘲笑も添えてやる。

 電話の向こうで、アルバートが深い溜息をつくのが聞こえた。
『君たちは、変わらないんだね。僕達が、この銀の雨が降る楽園……日本に影の城を構えたのは、過去に囚われ無益な争いを続ける君達にも、平和な暮らしを与えられればと……』
「笑わせないで」
 冷たい言葉できっぱりと、エレインはアルバートの声を遮った。
「もし、あなた達が日本を征服して私達を呼び寄せたなら、まだ考慮の余地はあったわ。でも、あなた達は歴史も無い能力者組織におもねり、情け無く生き延びただけ……」
 アルバートの頭に理解が染み通るのを待つように、エレインはゆっくりと息を吸い、そして告げる。
「そんな惨めな境遇に加われ? お断りだわ。私達は、その軟弱な考えに付き合う気は無いの」

『……僕達も、そう考えた事はあった。でも、考えを変えない限り、君達が歩むのは滅びの道だよ』
 アルバートの声音に、道を違えた従姉への悲しみが混じる。
 だが、エレインの言葉は、ヨーロッパに残る幾つもの吸血鬼組織に共通する考えでもあった。
 そして、彼らの考えが容易に覆らないことを、アルバートは知っている。
 もはやアルバート達の吸血鬼組織と、ヨーロッパの吸血鬼組織は、別の道を辿っているのだ。

『僕達は、銀誓館学園に合流する。それが、この時代に合った新しい生き方だ。出来れば、君達もそれに加わって欲しかったけれど……』
「そう……話は終わりかしら?」
『ああ。君達の処遇は、銀誓館学園の能力者達が決めるだろう。……さようなら、エレイン』
 その言葉を最後に、電話は切れる。
 エレインは母国のものとは違う電子音を立てる受話器を耳から離した。
「誰もが、あなたの様に生きられるわけじゃないのよ、アルバート……」
 小さく呟いた彼女の言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。