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我が手の中に来たれ戦神斧

●『継承者』
「フローレンスがアマツカグラへ、『戦神斧』を回収しにいくことになった。ついては、壮行会を執り行おうと思う」
「壮行会、でございますか?」
「うん」
 気の抜けたような声で。ぱらぱらと机の上の書類をめくりながらピエールは政務官に告げた。
「修業が終わったんだって。
 だから壮行会のために城を開放して……中庭あたりがいいかな? 祝宴を催そう。料理を振る舞い、エンドブレイカーと、彼らに縁ある人々や激励に訪れた人々をもてなそう。湖に船を出し、ファイアーワークスの使い手たちを乗せて、華々しく打ち上げさせよう」
 すべてに頷き、政務官はちら、と気がかりな表情を見せた。ピエールの表情が浮かぬ様子なのは、一体何が原因なのか?
 ピエールはつと、窓の外を見やった。
 穏やかな湖面が広がり、その先に領内の街並みが見える。
 焼けた家はとりあえず修復され、打ち壊された瓦礫は資材として別の場所に運び込まれていった。エンドブレイカーの皆の尽力もあるだろう、目に見える復興の兆しがそこにある。
 だが肝心要のものがない。
 それが戻らなければ、ここ戦神海峡アクスヘイムは復興したとは言えない。
「真の意味でアクスヘイムを復興させるには、どうしても勇者ガンダッタによって持ち去られた『戦神斧』を取り戻さねばならない。
 それが出来るのは、『戦神斧』の正当後継者であるフローレンスのみ。エンドブレイカー達の協力も得て、ごく短期間に、戦神斧を持ち帰る力を得ることが出来たのは幸いだった。……幸いだった、と思うんだけれど」
 ピエールは寂しそうに言った。
「……彼女はね、『自分は継承者だから』と言ったよ。血脈と資格と力と、そして罪の継承者なんだと」
 
「彼女の父君が行ったこと、彼女の祖先が引き起こしたこと。どれも事実だ。アクスヘイムの民の彼女に対する心情は好意的なものばかりではないだろう。当然疑念もある。
 彼女の無実を証明するには、こちらも事実で応えるしかない。アクスヘイムのために身を捧げて尽くした、という実績でね」
 フローレンスが最近まで、巷の困りごとを解決してまわっていたのは人々に知られていた。もちろんエンドブレイカーたちに同行して、という形だったが、特に身分を隠していなかったのでばれて当然かもしれない。
「これで戦神斧を取り戻し、アクスヘイムを全きものとすることが叶えば、とりあえず表だって文句を言う者はいなくなるだろう」
「それが叶わなければ……?」
 ピエールは苦笑した。
「立場は悪くなるだろうね。しかし今までなにも隠さずやってきたんだし、これからも隠し事はなしでいきたい。だから、派手に、華やかに、賑やかに送り出そうじゃないか。もちろん身の安全は確保して。そのためにエンドブレイカーの皆の協力も仰いで」
 言って、ピエールは小首をかしげて自分の手を見た。
 「エンドブレイカーに手伝ってもらえば、自分もフローレンスくらい強くなれるのかな?」と考えている風だった。

●壮行会
 中庭に張り出したバルコニーの上から、いつもよりほんの少し固い笑顔を見せて……フローレンスは宣言する。
「――皆さん。ようやくこの日を迎える事ができました」
 興奮まじりの沈黙が支配する中に、澄んだ声が響いた。
「私はこれからエンドブレイカーの皆さんと共にアマツカグラへと向かいます。
 それはこの都市になくてはならぬものを取り戻すため。私たちの暮らしを、幸せを見守ってきてくれたアクスヘイムの象徴、私たちの心の拠り所たる『戦神斧』を取り戻すため。
 私は必ず『戦神斧』をここに持ち帰って参ります。アクスヘイムにかつてと同じ輝きを、栄えを取り戻しましょう!」
 万雷の拍手と歓声、一面を覆う花火の音で、数瞬その場にいた全員の耳が聾したようだった。

 アクスヘイムの民はさまざまに集い、盛んに「万歳!」「いってらっしゃいまし!」と声を上げている。酒が入っているのか、ときにどっと笑い声が沸き、楽しげな歌も混じる。
 小さな息子を連れた母親がいる。次々宙を彩る花火に、息子は無邪気に歓声を上げた。
「アマツカグラってどこ?」
「とても遠いところという話よ」
「あんな大きな斧を、どうやって持って帰ってくるの?」
「さあねえ、どうやるんだろうね。戻ってきたときにわかるかしらね?」
 見れば、遠目に小さくフローレンスの姿が見える。傍らにいるのは領主で夫であるピエールだろう。
 中庭を進んでいく一列がある。絶え間なく降り注ぐ祝福を受けているのは、フローレンスの護衛につくというエンドブレイカーたちだ。花火の彩りを受けて、鮮やかに浮かび上がる勇姿。
 ――アクスヘイムに住む全ての人々の願いが今、彼らに託されていた。

<参加者>

血華舞踏・エシラ(c00097)  ペティアガラ・ヨハネス(c00139)  永遠を孕む刹那・ナルシュナイヴ(c00458)  斧の城塞騎士・フラン(c00997)  白緑・アルトゥール(c01240)  眩暈の尾・ラツ(c01725)  その名は忌禍・キリヤ(c02553)  碧之神奈備・カナト(c02601)  ナジュムの棘・レサト(c02802)  雪下山水・ソフィア(c02845)  催花雨リンカネーション・アルカナ(c02976)  魔獣の刀撃・ダグラス(c04039)  常夜の歌姫・ヤト(c04397)  蒼穹を翔る風・ランディ(c04722)  光狩・ラス(c05348)  嶺渡の狩人・ルファ(c06436)  灰皓の衛・エルンスト(c07227)  月影に舞う銀狼・ゲオルグ(c15479)  宵駆・ヤハ(c18808)  蒼い薔薇の茨姫・ヘイゼル(c20389)  水天の妖剣・クリム(c20805)  トンファーの群竜士・ルフィア(c23458)  空望む栗鼠・チナ(c23562)  華と夢・アルカ(c23651)  境界の護り人・ガーランド(c26922)  夜陰に咲く六花・ルーシア(c27132)  幻想を揺蕩う眠り姫・アリシア(c31077)  ラッシュビートプリンセス・シンシア(c33799)  ヴェルマーテ・パンペリシュカ(c33981)  蒼氷の瞳・アリーセ(c34080) 

<リプレイ>

 第1ターン開始時
 第2ターン開始時
 第3ターン開始時
 第4ターン開始時
 第5ターン開始時
 第6ターン開始時

<第1ターン開始時>

●始まりの都市
「いってらっしゃいまし!」
 中庭を行く一行に、歓声がさざなみのように押し寄せる。
 並べられたテーブルには花々が飾られ、ピエールが用意させた料理のほかにも、たっぷりの肉や作物、カリンの果実酒や桜の砂糖漬けなどが並ぶ。かつてエンドブレイカーに助けられた人々が、是非にと持ち寄ってきたものだ。
「この間はどうもありがとうございました!」
 声に振り向けば、見覚えのある顔ばかり。ピュアリィから、バルバから、また性質の悪い獣や、獣に等しい人攫いや強盗団から守った人々の顔。皆笑顔だった。
「エンドブレイカーさん!」
 まだエンドブレイカー、という名が一般に知られていなかったころのことを思いだす。当時のことを思えば隔世の感がある。
「これも全部エンドブレイカーさんたちのおかげです! 本当にありがとう……」
 ……『エンドブレイカー』はここから始まったのだ。
 歓声と花火の音がリズムを刻む。
 中空の彩に視線を向けていた血華舞踏・エシラ(c00097)は、あるところでふと目を留めた。
 かつて『戦神斧』が、エシラの故郷のシンボルが見えていた方角だ。今回の旅はそれを取り戻すためのもの。
(「下手したら帰ってこれないかもなァ。……なんて」)
 一抹の不安は「とりあえず思い浮かべてみただけ」とでも言いたげに一瞬で振り払って、エシラは故郷に向かって出立の挨拶を送る。
「お父様、お母様、お姉様。行って参ります」
 と、『ほろん』という心地よい音が花火の音に重なった。常夜の歌姫・ヤト(c04397)が爪弾くギターの音色。歌を聞けば、それが領主夫妻たるピエールとフローレンスの物語なのだとわかる。
(「これは未完成の歌……結末は、これから紡がれるのよ」)
 歓声もより大きくなり、普段はぽやんとしているペティアガラ・ヨハネス(c00139)も興が乗ったようだった。メイガスは会場の一角に潜ませているので目立たず混雑も気にせずスイスイと人波を掻き分ける。
「さあ御嬢さん、ご一緒に〜」
 そう言って、壮行会にやって来た少女たちの手を取って一緒にくるくると回り、踊る。きゃあきゃあと笑い声が巻き起こった。
 一人目と踊り終え、さあ次のお相手を……というところで、ヨハネスの名が呼ばれる。先行して出立する者たちのために、早めに領主夫妻との面会を済ませようとの召集だ。
 名残りを惜しみつつ、いったんエンドブレイカー一行は広間へと急いだ。

●再会と出立
 ……多くの要人客をもてなすための広間は天井が高く、窓も大きく、差し込む光はどこか神々しい。奥へと続く深い毛足の絨毯を進むと、最奥にこの居館で最も身分高い2人が待っていた。
「やあ、来てくれてありがとう」
「よろしくお願いしますね」
 ぼんやり者のピエールとしっかり者のフローレンス、個性は違えど、その姿は眩暈の尾・ラツ(c01725)の目にとてもしっくり馴染んで見えた。
 一礼し、一行は次々と名を告げる。顔と名前を一致させて……そして現地に先行予定の4人はすぐにその場を後にした。
 ぴりりと、一瞬空気に緊張が走る。蒼い薔薇の茨姫・ヘイゼル(c20389)は後方から聞こえてくる壮行会の浮き立った気分との違いに、(「そうだ、これはかなり責任重大な任務なんだ」)と気を引き締めた。
(「護衛しながらの戦神斧取戻し……ボクも、細心の注意をもって頑張るよ」)
 ピエールも同じように感じたのか。
「やれ、忙しいね。……壮行会など開いて、足止めさせてしまったかな?」
「いえ」
 気にした様子のピエールに、ラツが慌てて取り成す。あらためて礼を述べる。
「このたびは、温かい激励の会を催して下さって感謝を申し上げます」
「ご壮健そうで何より」
 その水天の妖剣・クリム(c20805)の言葉に、ああ、と気づいたようにピエールは笑った。閉じ込められていた彼を救出してくれた面々の中に、確かにクリムの顔もあった。
「お陰様でね。変わらず元気だよ。戦いの腕の方も相変わらずだけど……」
「訓練のご希望がおありですかな?」
 碧之神奈備・カナト(c02601)がすかさず提案する。
「フローレンスさんも上達しましたし」
「酒場に依頼してみる? 結構スパルタだよ」
 トンファーの群竜士・ルフィア(c23458)も言い足す。
 いいねえ、と言い出しそうなピエールの後ろで、部下たちが盛大に首と手を振っている。フローレンスは苦笑しながら話題を変えようとした。
「私も、少しずつ上達したのよ。ほとんど皆さんに守って頂いて……」
「そう、フローレンスの活躍は素晴らしかったよ」
 中庭で、それとなく彼女の冒険譚を語ってまわっていた斧の城塞騎士・フラン(c00997)はうんうんと頷く。同じように首肯するものが多々あり、ピエールの興味深そうに尋ねる声とフローレンスの苦笑が続いた。
 蒼穹を翔る風・ランディ(c04722)は何気ない顔で、歓談するピエールの瞳を凝視した。妙な兆候などありはしないか、との懸念からの行動だったが、どんな種類のエンディングもそこには無い。
 話題が一段落したのを見計らって、「こほん」と軽く咳をして。
 白緑・アルトゥール(c01240)はフローレンスに切り出した。
「折り入ってお話したいことがあります。かつて『戦神斧』の持ち主だった人物について」
 フローレンスの湖色の瞳が静かにアルトゥールに向けられる。
「……私の祖先にして、六勇者の1人。そして私の枕元に立ち『天啓』を与えて下さった方」
「はい」
 アルトゥールは頷く。
「今現在、彼の身の内に宿されていた魔女の鍵は、私が護っています。彼は……ガンダッタ・アックスは、悪いことをしたと貴女に詫びていました」
 『戦神斧』の回収はエンドブレイカーが等しく背負うべき義務なのだと。ガンダッタの最期の想いを言い添えて告げる。「ひとりにはしない」と。
「そうですよ」
 空望む栗鼠・チナ(c23562)も声をあげた。フローレンスと目が合って、一礼する。
「ですとろ……んんっ、修行ではご迷惑をかけました」
「いえ、こちらこそ。楽しかったですよ」
 帰ってくる笑顔に曇りは無く、チナは「わたしも楽しかったです」とほっと息をつく。
「この先、誰かが後に残ることになっても、躊躇わず行って欲しいんです」
 先に言及され、フローレンスの笑みが固くなる。気付いた境界の護り人・ガーランド(c26922)がその場の想いを代弁する。
「貴方は前だけ向いて、進んでください」
「フローレンスは、アクスヘイムの希望になるの」
 つつ、とフローレンスの前に進み出て、催花雨リンカネーション・アルカナ(c02976)は淑女のように一礼した。小さな手はぎゅっと、大事なお守りを握りこんでいる。夜色の月と太陽を連れた金色蝶のペンダント。
 祈りが、想いが自分に注がれる。フローレンスの笑みは、わずかに愁えたような色を帯びた。
 そんな揺れる瞳に、灰皓の衛・エルンスト(c07227)は力強く笑いかける。
「頑張りましょう。アクスヘイムは『戦神斧』と貴方、どちらも必要としてるのだから」
 アクスヘイム崩落の際の記憶が、無念と屈辱の感情がエルンストの脳裏をよぎる。先行している同じ旅団の、その名は忌禍・キリヤ(c02553)に、出立前に掛けられた言葉を思い出す。
 ――『めそめそしてた分、今度はしっかりな。思う存分守ればいい』。
(「ああ、絶対だ」)
 心中で、誰にともなく誓った。

 宴の音楽のレパートリーと料理の皿が一巡し、満足の気配があたりに漂う。
 一行が出立の準備をする頃合いだった。
 別室に移動して、身支度を整える。同色のローブを纏い、前もって決めた班ごとに色を変えたリボンを着ける。
 それに加えて、さらに装う者たちがいる。フローレンス他3名。
 きれいに纏められた同じ髪色のウィッグをかぶり、雪下山水・ソフィア(c02845)は、両手を広げ、自分の全身を鏡に映すようにフローレンスに示してみせた。
「影武者として貴女を護れるように。……ふふ、フローレンスさんに似ているでしょうか?」
「ええ。遠目にはまるでわからないでしょう」
 華と夢・アルカ(c23651)の手が、しゅ、しゅと小気味よい音を立ててフローレンスの髪を結っている。特徴的な長い髪は、綺麗に纏めてアルカが持参したバレッタで留める。
「ありがとうございますアルカさん」
「髪いじりは好きな方ですから」
 同じように影武者として装いを終えた嶺渡の狩人・ルファ(c06436)は、そんなフローレンスとピエールを気遣うように見つめている。これから危険が予想される場所へ赴くというのに、夫妻は表立っての不安を微塵も感じさせないでいる。
(「領主という立場上、きっとこれからも試練の連続よね」)
 過去にルファが助けられなかった、故郷の主を想う。今度こそ、必ず、揃って帰ってくる。
 支度を終えて。ピエールらへの最後の別れの挨拶は目礼だけで済ませて。
 一行は宴の名残りを背に代理者の一室へ向かい、影のように密やかに『世界の瞳』の扉をくぐりぬけた。

●黄泉路行
 『世界の瞳』を通り、アマツカグラへ。そして『大地の扉』へ――。
 道中の警戒は最高レベルだった。アマツカグラにおける『世界の瞳』の位置は露見している。ほんのわずかの異変も見逃さぬよう、ランディは風景を脳裏に刻む。ふと気になって、ランディは機会を捉えてフローレンスに尋ねてみた。
「貴方の夢枕に立った男性は、確かにガンダッタ・アックスだったのか?」と。
 フローレンスは微笑みを絶やさず、根幹に関わる問いに答えてくれた。
「はい、私はそう感じました」
「背格好は話に聞いた通りだったろうか?」
「そのように思います。……ただ、『昔の体のことは忘れた』とも仰っていたような」
 ああ、確実にガンダッタだな、と一行は納得した。
 そんなこともありつつ、無事に見覚えのある洞窟まで辿り着き。
 先発していた夜陰に咲く六花・ルーシア(c27132)は洞窟内部を記した地図を皆に配った。
「前回の崩落のせいでしょうか、途中で行き止まりになったり、別の隘路とつながった箇所がいくつかありました。地図で印をつけたところです」
 ×印の数と場所を、一行は頭に叩き込む。
「そのほか、『大地の扉』前までは変わりありませんでした。ただ、『大地の扉』前は……」
「結構……変わってる、かも……」
 思い出しながら、永遠を孕む刹那・ナルシュナイヴ(c00458)が呟く。
 魔獣の刀撃・ダグラス(c04039)が片頬をあげた不敵な笑みを作った。
「片されたとはいえ、大きな岩がごろごろ転がってる。敵に潜まれるとしたらそこか……ま、それも何十人も隠れられるような場所じゃないがな」
 ルーシアは指で地図を辿り……ある部分を指してから、つとその指を口元に当てた。
「一番の変化は、やはり広場の天井の高さです。崩落して抜け落ちた分、とても高くなっています」
「これは見た方が早いかもな」
 キリヤの言葉に、彼を含む先発の全員が頷いた。
 事前情報を頭に入れ、打ち合わせ通り3班に分かれた一行は暗い洞窟へと入っていった。

 炎が揺れる。
 ヴェルマーテ・パンペリシュカ(c33981)がかざす灯りによって、洞窟内部に影が躍る。
 パンペリシュカは後方班だ。構成は進行方向から2人−3人−3人−3人の4列。3列目の彼女の他に、1列目のアルカナと4列目のガーランドが灯りを受け持っている。
 最後尾に位置するガーランドの視線が、何度か横にいる少女蒼騎・アリーセ(c34080)に向かう。彼女は義兄弟の妹分なのだ。
(「頼まれたからには無事に返したいが」)
 そのアリーセは、淡々とした表情を浮かべている。そして内心では常にない強い意気込みが渦巻いていた。
(「今日ここで、アクスヘイムの未来が決まる」)
 予感は確信に近い。
 その隣、最後尾の左翼を形成する宵駆・ヤハ(c18808)は、灯りの向こう、2列目の中央にいるナジュムの棘・レサト(c02802)の小さな背中に目を留めた。
 レサトは後方班の長だ。何かあればつらい選択と指示を行うこともあるだろう。そうならないよう最善を尽くすつもりはある。だがもしもの時は……命を散らすことを、ヤハは微塵も恐れていない。
 護衛班は。大事な卵を中央に据えた蓋付きバスケットのように、中央にフローレンスを据えた4人−3人−4人の3列。卵の左に班長のカナト、右にアルカが控えている。
「フローレンスさん、足元大丈夫ですかぁ?」
 フローレンスの真後ろ、何があってもフォローできる位置でラッシュビートプリンセス・シンシア(c33799)が屈託なく尋ねた。メイガス乗りのシンシアは、有事にはフローレンスという卵を懐に抱えて逃げる親鳥の役目を買って出ている。
「フローレンスさん、なんだか今日は一段と素敵に見えますぅ」
 フローレンスは微笑を返す。確かに、覚悟が人を輝かせることもあるのだ。
 先発隊の4人を含め、先行班は残る9人。3−3−3の正方形の陣で、闇の中に光を投じる。灯り以外にも、ぽっ、ぽっ、と光るのは光狩・ラス(c05348)の足跡だ。何事もなければ、帰途はこれを辿るだけの行程になるはず。
 ……やがて、前方が開ける。
 最初にその場に足を踏み入れたのは、幻想を揺蕩う眠り姫・アリシア(c31077)が操る小さな人形だった。ほんの数歩の距離だが先行した人形が、小さな石を踏んだ、そのわずかな音が到着を報せる。
「おお……」
 『ヒアノイズ』の聡耳に頼らずとも、月影に舞う銀狼・ゲオルグ(c15479)には聞こえた。そして把握した。空恐ろしいほどの残響音、それが示す空間の巨大さを。
「一見にしかず、ってことさ」
 キリヤが言った通り。
 安全を確かめながら、一行は広場へと進む。広場とはしかし、水平方向の広さのみを指す言葉だ。それだけでは足りない。今『大地の扉』前は、横ではなく縦に巨大な空間となっていた。
 崩落した岩塊はどれだけの質量があったのだろう? 新たに生まれた空洞は巨大で、しかしそれよりも驚嘆すべきは『大地の扉』そのものの威容だ。
 扉と呼ばれる岩そのものには、上にも下にも切れ目がなかった。これがひとつの岩だとしたら、どれだけ巨大なのか見当もつかない。……そしてそれが向こうに押し留めている何か、についても想像がつかない。
 そしてその『大地の扉』の根元近く、灯りを受けてきらりと白く光るものがあった。ガンダッタが投擲した『戦神斧』。縮小したとはいえ人の背丈ほどあるはずだが、扉の大きさの前にそれは真珠の粒ほどに見えた。
 一行は素早く周囲に視線を走らせる。瓦礫の背後を探り、目下の敵のいないことを確認した。そしてフローレンスの周囲に半円陣を組む。
 促されるように、フローレンスが戦神斧の前へと進み出た。

●系譜
 ……かつてほどの勢力は失ったとはいえ、由緒正しい貴族の家に生まれた。
 暮らしに不自由なく、また、父とも母とも関係は良好で、愛情を持って暮らしていた、と思う。少なくとも、貴族の家としては一般的だった。
(「もう、何度考えたことかわからないわ」)
 フローレンスは扉に突き立った斧を見上げた。
 父の変貌を機に、閉じ込められた塔を飛び出した。もちろん自分ひとりの力ではなく、手助けしてくれた人たちがいた。その恩人たち……感謝し、尊敬したエンドブレイカーたちと、今では同質の存在になっている。
 自分が何のために生まれたのか。何のために生き残ったのか。納得できる答えが目の前にある。
 フローレンスはその手にしっかりと『戦神斧』を掴み、大地の扉から抜き放った。
 静けさが周囲を覆う。扉に変化はない。
 ……だが一行はすぐに『変化』に気づいた。周囲の瓦礫の影が揺れている。
 灯りを持つ者は少しも動いていないのに……!
 ひたひた、ひたひた、と。影から滲み出るように、黒い襤褸に身を包んだ亡者の如き兵士が這い出てくる。どれも口をきかず、だが手にした武器が姦しく存在を主張する。
「イッチバアァーン! 俺、イチバンね!」
「…………」
「あ、やだ狭い。これ一度に全員はムリよー」
 好き放題な武器たちのたわごとを皆まで聞かずカナトが吼える。
「敵襲!!」
 ずざっ!と一行は生き物のように隊列を動かす。想定内!
 クリムとレサトがそれぞれの班に指示を飛ばす。
「往路と同陣! 敵いまだ少数、後続ありの模様! 隘路まで道を開く!」
「後方班は足止めを。先行班と護衛班の離脱の時間を……稼ぎます」
 次々と湧き出す影の軍団。
 対峙しつつ一行は考える。この異変に、地上のエンドブレイカーはすぐに気付いてくれる筈。彼らが来てくれるまで、護り切れば……。
 暗い洞窟内に、剣戟の音が鳴り響く……!

<第2ターン開始時>


 地獄の軍団は組織立っていなかった。
 武器たちは口々に喋り、武器の使い手は無言。指揮者を欠いていることが容易に窺え る。
 だからだろうか。
 初太刀は遠方からフローレンスに向かって放たれた風の刃だった。
 それをシンシアとフランが身を挺して止める。
「こ、怖いけど、フローレンスさんだけは守りますぅ!」
 自分の代わりに傷を負った2人を、フローレンスは切なげに見る。そんな彼女にフランは告げる。
「……色々思うところあるかもしれんが。つらければ吐いてもいいから。肩の荷を私達にも背負わせてくれ」
 さらに踏み込もうとした影の兵士の刃は、横からガーランドに止められていた。
「まあ、ゆっくりしていけ」
 細糸が絡みつき、刀身の動きを大きく鈍らせる。
「ぐげー! 俺攻撃受けんのもイチバンとかー!?」
「良かったじゃない」
 回転するヤトの大鎌が逆側から刀身に叩きつけられる。ぐげぇ、という苦鳴など気にもせず、さらに向かってこようとする地獄の兵士に、アルカナが突進する。
「アマツカグラは、わたしの大切な人の大切な場所。アクスヘイムは、わたしにとって特別な場所なの」
 アルカナの双角が地獄の兵士と喋る武器を弾き飛ばす!
「あなたたちのすきにはさせない」
 生まれた隙に、隊列を組んで一行は滑り込む。目指すはやってきた隘路。そこで相対する敵の数を絞って戦えば、時間は稼げるだろう。
 横手から迫る2本の喋る武器には、エルンストが牽制の先手を打つ。振るった斧から射出された刃は、一方には弾かれ、もう一方には届きはしたが浅い。
(「強い……! が、こちらの攻撃も思ったより……?」)
 疑問を口に出さず、エルンストは続くランディの攻撃を見守る。
 ランディは額に巻いた深紅のバンダナをひるがえし、暁の光を湛えた太刀をかざす!
「やだー、まーぶーしーいー」
 ふてくされたような物言いの剣に振り下ろす。あとじさる兵士を、フランが斧で大きく薙ぐ。耐えきれず兵士と喋る武器は吹き飛ばされ、洞窟内の行き止まりにまで後退する。
 フランはふと自分の手を見た。……ここまで力を入れただろうか。
 隘路への最短距離に回り込もうとする兵士がいる。そこにゲオルグが走り込む。
「………!」
「さて、退いてもらおうか」
 体勢を崩し、踏ん張りのきかない兵士には、ゲオルグの大剣を一振りを避けることも耐えることも出来なかった。
 吹き飛ばされた兵士に弓を向け、チナは先方班と護衛班に叫ぶ。
「躊躇わず先に行ってください!」
 矢を放つ。流星群よりなお稠密な矢の連撃が、『喋る武器』の名に似合わず無口な武器とその使い手を貫く。やがて、兵士は動きを止めた。
 その頃には全員が感じていた。何故か自分たちの力が増している。
 チナは己の体内に流れ込む熱の源を探った。その先にフローレンスがいた。その手が掲げる輝く斧。
「これも……『戦神斧』の力なんでしょうか……?」
 隘路に辿り着いた先行班と護衛班に、後方班が続く。後詰めとして群がりくる喋る武器の一団を押さえながら。

<第3ターン開始時>


「殺れる殺れるお前なら殺れる諦めんな!」
 けたたましく鼓する剣を、包み込む歌がある。
「君にぴったりだねぇ」
 ヨハネスは変幻自在に歌う。熱き焔の、砕ける大地を謳い、現実まで変容させる。兵士は歪みにはまりこんだ。
「ちょ、頑張れって! まだ殺れる!」
「残念ね」
 淡々と。アリーセは手短に言った。
「もう殺せない。私達は生きて、仲間へ、明日へ辿り着く」
 アリーセの額に一筋赤いものが流れる。敵によるものではない。自ら流した、敵に牙を立てるものを生み出す血。
「お前はここで終わり……よ」
 深紅の猟犬たちが兵士を、武器を噛み砕く。「諦め……るのか……?」という細い呟きも、顎の奥に消えた。
 地獄の兵士は泉のごとく湧き出している。だがその速度はまちまちで、一斉に襲い掛かってくることはない。
 その隙に後方班も隘路を出口に向かって駆けあがる。
(「これならいけるかも」)
 勝機を見出し、追手を警戒していたエシラは思わず前を仰ぎ見た。そして総毛立つ。
 先行班のそのまたむこう、ゆっくりとやってくる老人が……。
「まさか!」
 白髭。
 アマツカグラ風の装束に、ところせましと下げた武器。それは話に聞いたままの……。
 カナトは低く呟く。
「鋼語りのジュウゾウ殿とお見受けします」
「いかにも」
 ジュウゾウは一行の様子を検分するようだった。
「ふむ、『戦神斧』は無事継承したようですね。重畳重畳」
(「分が悪い」)
 挟撃された、という衝撃がある。脱出するにはジュウゾウを倒すしかないが、しかし……。
「わぁいジュウゾウだぁ」
「皆、ジュウゾウがいますよ。早く出ておいで」
 背後から聞こえる『喋る武器』の声が増える。
 一瞬、その声と護衛班の方にちら、と目をやって。ダグラスは望みを果たす。護衛としてフローレンスを守護するルファに、目配せで意を伝える。「頼む」と一言。相手がやり遂げることを疑わずダグラスは腕を振った。巨大な鎌と化した腕を。
「――出口は前にしか無いのさ!」
 鎌はジュウゾウの胸当てに僅かに傷をつけただけ。しかしその傷をここから広げていく。ルーシアはじっとジュウゾウを見つめた。
「お顔。覚えました」
「死にたくなければ、道を開けろなの……!」
 アリシアの血が形作る猟犬がジュウゾウの頭上に跳ぶ。払おうとした瞬間、猟犬は爆ぜた。元よりも濃く粘る血の雨が降り、ジュウゾウの身体を重く濡らした。
 その周囲にルーシアが張った月光の結界が展開する。
 そこにキリヤが。
「挟み撃ちとか、そうそう上手くいくと思うなよ! 砕音……真武慟風!!」
 野太刀が空を薙ぐ。その一撃でジュウゾウを壁際まで押しやる。
 道が開いた。今だ、と叫ぼうとしたキリヤの口から、がぼ、と大量の血が溢れ出た。
 キリヤ、ルーシア、アリシアをひとつなぎにした、その長槍はしっかりとジュウゾウの手に握られていた。


<第4ターン開始時>


「わぁ、珍しくジュウゾウが戦ってるよ〜」
「見たい」
「早く行かんか、えい」
 押し合いへし合いして、勝手な口を叩く『喋る武器』たち。
 そこにパンペリシュカは容赦なく月光の砲を撃つ。続けて空間を切り裂いて、月の魔力をこれでもかと放出する。
(「最後まで、諦めたりなんてしない」)
 前方でただならぬ敵が現れたことも知っている。班ごとの情報伝達は密だ。その敵が自分たちが束になっても勝てない相手だということもわかる。
(「でも、どうしても、どうしても成功させたい。もう、後悔したくないから」)
 パンペリシュカの月光の金色を纏って、エシラの創り上げた白銀の鎖は白金に輝いた。
「帰るまでが何とやら、って本当だねェ!」
 一本の鎖が絡み、組み上がって連鎖し、隘路に群がる武器3つをまとめて縛り上げる!
(「こっちはなんとかなる」)
 生まれた隙に、前を見やる。
 あとは……。

 ジュウゾウは槍を捨て、太刀に持ち替える。
 だが、すぐに何かに気づいたように眉をしかめた。ぱっ、と身を躱す。
 その背後から。
 轟!!
「なっ……!?」
 ダグラスとゲオルグの身体に血飛沫が飛んだ。

 ジュウゾウの背後から来たのは、猛烈な剣風。たまらず、ダグラスとゲオルグがその場に倒れ伏す。触れただけで、致死量の衝撃を受けるすさまじさ。ラスには覚えがあった。
 ジュウゾウの背後の闇から、ぶらり、と現れたのは武芸者風の偉丈夫だ。年の頃は三十代か。波打つ紫の髪をひとつに縛り、顔には無精髭が点々としている。
 ジュウゾウは渋い顔つきをした。
「その気の抜けた様は何だ」
「気づかれた」
 短く返し、男はしれっと言った。
「軍勢を率いて時間を稼いでくれ。少しでいい。『戦神斧』を手に入れるまでだ」
「……よかろう、他ならぬお前の『お願い』だ。だが、長くは保たぬぞ」
「ああ。恩には着ない」
 ジュウゾウは無言でその場を去っていく。
「あっ……『喋る武器』たちが退きました!」
 後方から、ラツが伝えてくる。敵は今、ひとりだけになった。
「久々だな、ガロウマル」
 ラスは剣を握る手に力を込めた。不利は承知だったが、言わずに終わらせる気はなかった。
「手短にな」
「俺はラスだ、覚えて貰う!」
 水平に向かうラスの刃は確かにガロウマルに肉に届いたはずだ。
「覚えた。さらばだ、これから忘れる」
 ガロウマルの太刀から颶風が生じ、ラスを、そしてフランとランディを襲う。
 避けた傷は大きく、3人とも同時に頽れる。
(「振り返らず……前へ進んでくれ」)
 フランがフローレンスに告げたかった言葉は、きっと誰かが繋いでくれるだろう。そう信じるしかない。
(「ガロウマルは『戦神斧』を扱えない。皆……フローレンスを守り切れば勝ち、だ……」)
 ランディのかすむ視界の中で、ガロウマルが刀を振りかぶっている……。


<第5ターン開始時>


「救援を!」
 クリムは叫んだ。先行班のうち既に6人が倒れ、残りは3名。ガロウマル相手では、無傷の状態であっても一度だけ使える盾にしかならないだろう。
(「だが、倒せなくとも……!」)
 クリムは妖精の矢を放つ、狙いはガロウマルの足元!
「ちっ」
 足を止めたガロウマルを、ナルシュナイヴは正面から指差す。
「サクヤヒメとは、一体どのような存在……?」
 尋ねるナルシュナイブの指先から呪詛が放たれる。質問と呪詛と、どちらがガロウマルに影響を及ぼしたのか……ガロウマルは、初めて別の構えを取った。
 斬!
「答えは……?」
「時間が惜しい」
 ナルシュナイヴの最期の呟きと、己を惑乱させる呪い、さらには足元の樹木の戒めをともに振り捨てて、ガロウマルは近づいてくる。
 護衛班からエルンストとルフィアが、後方班からヤト、エシラ、チナが穴を埋めに走る。
 敵の技の選択からカナトは察した。主に複数を一度に屠る技を使い、自分の正気が危うくなれば対応するが、傷は治癒するつもりがない。
(「急いでいる」)
 何故か? 早くしないと、自分が危うくなるからだ。
「挟撃されているのは、ガロウマルだ!」
 カナトの声が洞窟内に響いた。
 勢いのままに光輪を召喚し投擲する。避けたガロウマルを、ヘイゼルが狙っている。
「紫煙の大樹よ……かの者を押し潰せ!」
 地下に芽吹き爆発するように枝葉を伸ばした樹がガロウマルを締め付ける。
 ソフィアは叫んだ。
「フローレンスさん、今です!」
 は、とガロウマルが振り向いたその先に、白く輝く戦神斧――。
 側頭部に、まともに刃先がぶつかる。衝撃がガロウマルをのけぞらせた。
 ざざざざざっ!と、足裏が地面をこする。ガロウマルの身体がようやく止まったのは、洞窟の角に運よくぶつかったからだ。
 戦神斧の威力に思わず皆息を呑む。フローレンスはというと、重みのせいかわずかにたたらを踏んでいる。もてるようになったとはいえ、まだ武器と実力がまだ一致していないのだ。
(「本当は、もっと後ろにいて欲しいのですが」)
 ソフィアは気になって仕方がないが、今はフローレンスも貴重な戦力だった。
 ガロウマルは。頭を押さえ、手に着いた血をしみじみと眺めた。
 その全身を濃いもやが覆う。それが棘だとエンドブレイカーにはわかる。もやはガロウマルの全身を覆い、新たな部位を形作る。犬狼の牙、顎、爪。多頭多足の異形の姿。ガロウマル自身の顔もまた、犬狼のそれと化している。
 これが完全武装のマスカレイド・剣狼剣聖ガロウマル!

 その姿に全員が凍りつく。剣気といい、殺気という。それがこれほどあからさまになるとは……。
「急ぐ、と言ったぞ」
 押し寄せた颶風は洞窟内を荒れ狂い、ヘイゼル、クリム、カナトを。そしてソフィアとチナを切り刻み、血の幕で洞窟を赤く染めた。


<第6ターン開始時>


 アルカがカナトの地位を引き継ぎ、言葉を繋ぐ。
「救援をお願いしますわ!」
 レサトが応じて指示を出す。
「ラツ、アルカナ、ヨハネス! ガーランド、アリーセ、ヤハは前へ!」
 猶予はないとはいえ、人を死地に赴かせる言葉は重かった。
 眼前を行く際、ヤハが己の肩に巻いた藍色の紐に触れるのが見えた。漏れた呟きもちゃんと聞こえた。
「共に戦場に立つ限り、引かせはしない」
(「まだ……引きたくはありません、から」)
 感情を窺わせない無表情のまま、レサトの心は激しく叫んでいる。
 フローレンスの前に壁を作り、ラツはわざと世間話のように言葉を掛ける。
「五将の姫神を迎えて子殺しですか?」
 ナイフの刃が煌めき、ガロウマルの構えの隙を突く。反撃の気配を感じ、あわてて守護の陣を纏って離れる。
 ルファは次々に手榴弾を投げた。
「行かせない……!」
 直撃せずとも、足止めになればいい。ルファはあきらめない。倒れた者の想いを、確かに受け取ったのだから。
 強烈な閃光と炸裂音が、ガロウマルの速度を鈍らせた。
 その身体をさらに押し返そうとする衝撃波。
 アルカが手にした魔道書から力を引き出しているのだ。
「今回が最後の授業ね。如何にして比類なき強者に敗北の苦渋を味わわせて差し上げるか、御教授しましょう!」
 異様な興奮がアルカを昂ぶらせている。
 その興奮を打ち消すように、暴風が、颶風が割って入る。ガロウマルの起こした刃の風が吹き荒れる。
 壁の一枚として。役目として、ラツとルファ、それにアルカが倒れていく。
 切迫した状況の中、アルトゥールの喚んだヒュプノスが跳ぶ。ガロウマルの全身を覆う犬狼の毛並みがヒュプノスの羊毛でくるまれ、一瞬姿が見えなくなる。
 だが。
 ガロウマルの刀身が光り、薄闇に弧を描く。
(「まだか」)
 ガロウマルの力が尽きるのも、助けが来るのも。
 エルンストは焦燥を押し隠す。握りしめたハルバードが熱い。
「崩落の無念と屈辱、晴らさせてもらうぞ!」
 直近で。エルンストの渾身の一撃が、ガロウマルの胴に入る。そのまま吹き飛ばす。
「僕たちは、アクスヘイムに帰るんだから」
 ルフィアが走る。電撃を纏わせたトンファーを、まだ体勢の整わないガロウマルに叩き付ける。
 ヨハネスが焔の歌を歌いあげる。貴重な時間を、少しでも稼がなくてはいけない。
 ヤハは拳に気を纏う。戦いの、竜の気が、ヤハの体内に満ちるのがわかる。
(「――必ず、成し遂げる!」)
 一息で強敵の懐に入り、連打。
 間近で見るガロウマルの瞳は狼と同じく瞳孔がはっきりしていた。ひやりとしたもの感じ、ヤハが離れようとした、その直後にヤハは強い衝撃を感じた。
 いつの間に――ガロウマルの反撃の一太刀が、深々と胸元を抉っていた。
 接敵したエルンストも、ヨハネスも、アルトゥールもまた、続く剣風に巻かれて地に倒れていく。
 気づけば、3分の2の戦力が失われていた。
 かつて『大地の扉』前で崩落が起こった折。偶然からエンドブレイカーの30名がこの敵と対峙し、しかし敗れ去ったという。
 それもそうでしょうね、とヤトは思う。一撃食らえば立てなくなる。鎧袖一触とはこのことだ。
 レサトが指示を飛ばす。最後になるかもしれない指示を。
「全員、前へ!」
 そしてシンシアには目線で告げる。
 いざとなったら、フローレンスを抱えて逃げて欲しい、と。そしてレサトも前へ出る。
(「手足が、動かなくなっても。意志ある限り……戦い続ける」)
 レサトに頷いたシンシアは、ロックギターを掻き鳴らす。光が乱舞し、周囲の闇を追い払う。
「死ぬのは怖いですけど、フローレンスさんだけは頑張って守りますぅ!」
 その光の中をアルカナが行く。
「信じてる。フローレンスが必ず、戦神斧を持ち帰ってくれる」
 魔獣化させた腕で、ガロウマルの肩口で吼える狼首を握りつぶす!
「そう、信じてる……」
 狼首は熟れた果実のように潰れた。
 手を休めることなく、レサトは周囲に十字を浮かべた。凝縮し、力を溜めて赤く変色したそれを、レサトはガロウマルに叩き付ける。
 わずかにガロウマルの顔が歪んだ。ようやくだ。皆が積み重ねてようやく、深手と呼べるまでに至ったのか。
 パンペリシュカの振るうムーンブレイドが金色の光を生む。その金を大鎌の刃に宿らせ、ヤトは護りを固めつつガロウマルの側面から強襲する。反撃の刃を鎌で振りほどき、飛び退る。
 一回きりの盾は多ければ多いほどいい。
 ガロウマルの先手をとってガーランドが割り込めたのは僥倖だった。正しくは、ガーランドが細糸を張って待ち構えているところにガロウマルが来た、だ。
「ここで死ぬ気はないんでな」
 絡め取るように、ガロウマルの刃の自由度を奪う。あの剣風を、一時封じることが出来たのだ。
 隣でアリーセが呟いている。
「もっと……もっと強くならなければ」
 今言ったところで、どうにもならないかもしれないけれど。
「たとえ勇者であろうと。この牙、届かせて見せるわ」
 流れる血が猟犬を生む。紅い牙が、残数を減らした異形の狼の首に食い込んだ。回復を捨てた相手の傷は深い。
 エシラは白銀の鎖をガロウマルに向かわせた。腕に絡みつく。さまざまなものが絡みついた自分自身を、ガロウマルは無感動な目で見つめた。
 ……中空に剣先で描かれる円弧は、それらの努力が無に帰された証だった。でも構わなかった。相手の攻撃を一回減らした、それだけで生まれる時間に何より価値があった。
 だって聞こえてくる。ガロウマルの背後から、怒号と歓声が。聞きなれた声たちが。
「助かった、の……?」
 同じものを聞いたのだろう。
 ガロウマルの身体から、ふ、と力が抜けたように見えた。
 狼の顔つきはそのまま、鋭い視線で残った一行をひと撫でする。
 再び緊張し、身構えた一行に、ガロウマルは背を向けた。
『もはやこれまで』
 そう言うかのように駆け出すガロウマル。

 自分達は持ちこたえたのだろうか……?
 ようやく安堵に力が抜けかけたエンドブレイカー達だが、しばらくしても戦いの喧噪が収まらないという事実が、その安堵感を否定する。
 戦いは、まだ続いている。
 そして自分達の退路は、ガロウマルの軍勢に阻まれている……。
「皆さん」
 救援に駆け付けたエンドブレイカー達に囲まれながらも、フローレンスはまだ動ける者達に言った。
「ガロウマルが戦いに加わった今、『戦神斧』があれば倒れた皆さんを守ることはできそうです。まだ動ける方は……どうか、行ってください!」
 フローレンスと倒れた仲間達を残し、まだ動けるエンドブレイカー達は立ち上がった。
 残る力を振り絞り、彼らは戦場へと飛び込んでいく。
 勝利のために。
 ガロウマルの、その姿を目指して。


●第6ターン開始時に、戦闘可能なキャラクター
 血華舞踏・エシラ(c00097) 
 ナジュムの棘・レサト(c02802) 
 催花雨リンカネーション・アルカナ(c02976) 
 常夜の歌姫・ヤト(c04397) 
 トンファーの群竜士・ルフィア(c23458) 
 華と夢・アルカ(c23651) 
 境界の護り人・ガーランド(c26922) 
 ラッシュビートプリンセス・シンシア(c33799) 
 ヴェルマーテ・パンペリシュカ(c33981) 
 蒼氷の瞳・アリーセ(c34080) 

●以下のキャラクターは戦闘不能になりました。(『ガロウマルの挑戦』には参加できません)
ペティアガラ・ヨハネス(c00139)  永遠を孕む刹那・ナルシュナイヴ(c00458)  斧の城塞騎士・フラン(c00997)  白緑・アルトゥール(c01240)  眩暈の尾・ラツ(c01725)  その名は忌禍・キリヤ(c02553)  碧之神奈備・カナト(c02601)  雪下山水・ソフィア(c02845)  魔獣の刀撃・ダグラス(c04039)  蒼穹を翔る風・ランディ(c04722)  光狩・ラス(c05348)  嶺渡の狩人・ルファ(c06436)  灰皓の衛・エルンスト(c07227)  月影に舞う銀狼・ゲオルグ(c15479)  宵駆・ヤハ(c18808)  蒼い薔薇の茨姫・ヘイゼル(c20389)  水天の妖剣・クリム(c20805)  空望む栗鼠・チナ(c23562)  夜陰に咲く六花・ルーシア(c27132)  幻想を揺蕩う眠り姫・アリシア(c31077) 
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