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氷の大陸の名の由縁であるかのように海岸線は氷壁ばかりがどこまでもどこまで続いていた。
リオネルとガマレイは互いに目視をしあい、声を掛け合いながら操舵をしていた。氷壁はどこまでも高くそびえ、船が誇るマストの高さよりも尚高い。 「衝突したら木っ端微塵……かしらねぇ」 「それほど速度は出していませんから大丈夫だよ。まぁ、衝突しないけどね」 軽口を言い合いながら、けれど慎重に舵を取る。
「行けどもいけども……氷の壁ばかりですね」 遠眼鏡と目視を併用しながら見張りを続けるキズスが言った。空は真っ青に晴れ渡り、ドラゴンの不吉な影は全くない。 セレナードはその白過ぎてずっと見ていると極度に目が疲れてしまう氷壁をじっと見続けていた。大きな氷の向こうにドラグナーがいないとも限らない。 「黒い眼鏡を使うべきであったか?」 「そうですね、ただの遠眼鏡だと長い時間は目が辛くなりますね」 陽光に煌めく氷壁にスタインも困ったような顔をした。ヒトが手を触れる事を拒むような氷壁は美しいけれど、照り返す光が強すぎるのだ。 「この船をまるまる隠せるような場所があればいいのだが、それは望み過ぎか……」 つぶやくような低い声でドライザムが言う。
引き継いだフィリアとペルレは慎重に操舵を続けていた。岸壁から離れすぎては空を行くドラゴンに見つかりやすいが、近づき過ぎては衝突の恐れがある。 「本当にギリギリですね。いつまでこれが続くのでしょうか?」 「かなり……心に負担が掛かる操舵ですぅ。でもまだあとちょっとぐらいは頑張れます〜」 2人とも緊張続きだが、なんとか笑顔を浮かべあう。
「あそこに入りましょう。ここまで来れば少しだけ安心しても大丈夫です」 デュンエンが示したのはそうと言われなければわからない氷壁の裂け目であった。ギリギリ船が侵入出来る程の幅しかないが、内陸の方へと続いている。 「本船のまま入れるのか」 キースは感心した様につぶやいたが、すぐに行き止まりとなってしまった。どうやらここで船を降りて居住区までは徒歩で移動となる様だ。 「ここから徒歩なら、動物達は置いていくしかありませんね。この先、無理をして連れていく功罪を考えると、船に残すしかないでしょう」 感情を浮かべない真顔でユウが言う。 「何事もなければいいのでしょうけれど、万が一、戦闘に巻き込まれたらマデリンさんは気絶するだけですが、鶏が怯えて騒ぐと敵に気取られてしまうかもしれませんし……」 「……足手まといな霊査士ですけれど、最悪ではないのですわね」 シオンの言葉にマデリンは目を丸くしたあと、ニコッと笑った。
「船の擬装をしていくか?」 エルヴィンは下船準備で慌ただしい中皆に尋ねた。事前にドライザムが相談の案件としてあげていたからだ。 「やらないよりは、擬装してみるに越したことはないですよね」 「そうですね。デュンエンさん、どう思いますか?」 ケラソスが控えめに同意し、キヤカは郷の者に聞けとばかりにデュンエンに尋ねる。だが、妙案が思い浮かばないのか、申し訳なさそうに謝るばかりだ。その間にも船の擬装はありあわせのボロ布や塗装、近くから運んできた氷を使い船全体を大きな氷の塊へと擬装していく。 「吾はソリを組み立てておりますわ」 華奢な身体で大きな荷物を背負ったチグユーノはまだ分解されたままのソリを運び出し、ふと振り返る。ここ数ヶ月の間我が家も同然であった船がドンドン白く染まっていく。 「隠密性と機動性を考えるとソリは難しいと思うのですが……どうしても必要な物以外は船に残すかどこかに隠した方がいいかもしれません」 ヘルムウィーゲの言葉にチグユーノの手が止まる。 「俺はハーケンを持って来ているが、持っていくべきかな? 平地が続くなら意味がないかもしれないが……」 「山や崖は昇りません」 思案顔のキースにデュンエンが答える。 「平地でも使うかもしれませんよ」 「そうか? じゃあ一応ロープと一緒に持っていくか」 キヤカとキースが話し合う中、カルアは荷の一部を船から降ろして別の場所に埋めておくことを検討していた。 「船が破壊されたとしても、荷物も一緒に駄目にならずに済むからな」
結局、ソリは使わず持参する荷物をごく最低限に留め、別に倉庫の荷物を船から持ち出して隠し終わると一行はデュンエンを案内役として氷原を歩き始めた。先頭のグランスティードにはデュンエンが、最後尾にはマデリンが同乗する。1昼夜ほど歩き続けると不思議な光景が広がり始めた。 「運び手を使わずに済んだのかな?」 ロディウムがつぶやく。ここが目的地なのだろうか? 辺りには沢山の氷柱がつり下がるのだが、デュンエンがその中にある平べったい小さな机の様な面を指で色々触り始めた。途端に地面からボコッと大きな円柱がせり出してくる。 「これは一体……」 「なんやの?」 サクラとティターニアが不思議そうに、胡散臭そうにその円柱に視線を向ける。 「これはこの地に眠る遺跡の一つです。こんなに便利な遺跡は少ないのです。地下の遺跡は攻撃的なものが多いから注意しなくてはなりませんが……行きましょう」 円柱の面に皆が乗ると、それは下へと沈み始めた。
沈んだ先は氷の洞窟であった。道の上には白い砂が敷かれていて、これはタロス達の工夫なのだという。 「氷は滑りやすいけど、砂をまいておくと滑りにくくなるんです。ご存じでしたか?」 表情の読めないデュンエンだが、口調から機嫌は良いらしい。その道をドンドン進むと大きな扉が行く手を塞いでいた。この扉もデュンエンがなにやら操作をして開けてしまう。 「ここからは楽に進めます。皆さん、お疲れさまでした」 扉の向こうは……別世界だった。道は透明な管の中にありデュンエンが足を進めると道がひとりでに動き出す。冒険者達もおそるおそる進み出るとやっぱり道が動いてじっとしていても勝手に身体が移動していく。そして透明な管の向こうはタロス達の住む世界であった。動物の皮が幾つも干してあり、その皮で作られた様なテントらしい物が幾つも幾つも連なっている。いつの間にか管の向こうに沢山のタロス達が駆け寄って来ていた。口々に何か言い合い、動く道に併走したり、もっと早く走ってどこかに知らせに行ったりもしている。一瞬でタロスの街は大騒ぎとなった。
動く道の終点にある白熊の毛皮をめくって進むと、そこは大きな大きな広い空間であった。周囲の壁や床は神々の眷属と似たメタリックな輝きがある。ど真ん中には石造りの大きな暖炉があってこの広い空間を快適に過ごせる程暖めている。どこからか排煙もしているようで空気は野外の様に新鮮で清々しい。暖炉の周囲にはあちこちに白熊の毛皮が掲げられている。 「デュンエン、無事だったのか?」 「戻ってこないからもう駄目かって……」 仲間のタロス達が口々にデュンエンの帰還を喜びあう。こんなところはタロスも他の種族達も変わりはない。ひとしきり騒動が落ち着くとデュンエンは騒ぎの中に入れずにいた冒険者達へと戻ってきた。
「皆さんに紹介します。この方々が私の命の恩人……ランドアースという未知なる世界からやってきた冒険者の皆さんです」
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