いつものように僕は大学にいた。
講義も終わり、後は帰るだけ。バイトもないし……どこか暇つぶしができるところにいこうと、まったりと考えていた。
「おい、あれ見てみろよ。何か人だかりができてるみたいだな?」
「どこかの講義が休みになったとか?」
そう言って、気にせずに通り過ぎようと思っていた。
「いや、何か制服着た子が来てるみたいだ」
「制服?」
受験生が来ているのだろうか? いや確か、受験生を呼んで学校を案内するオープンキャンパスは、この時期には行わないはずだ。
ちょっと気になり、人だかりの隙間からそっと覗いてみることにした。
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「あ、お兄ちゃん♪」
「ななななな、な、なんで、お前がここにいるんだっ!?」
そこにいたのは、制服姿の妹!
ふと、昨日のメールを思い出した。
『そうそう、お兄ちゃん。明日を楽しみにしていてね♪』
あれは、このことを言っていたのかっ!?
「よかったー、このまま会えなかったらどうしようかと思ってたんだよね」
「そうじゃないだろっ!?」
「だって、こうでもしないと、会えないじゃないっ!」
「だからって大学まで来るか、普通っ!? そ、それにその荷物だって……」
そこまで言って、辺りが非常に騒がしくなったのに気付いた。
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僕と妹の言い争いがいつの間にかギャラリーを増やしている。
そして、遠くに教授の姿が……。
「とにかく、詳しい話は後回しだっ!! ほら、行くぞっ!!」
「え、お、お兄ちゃん? ちょ、ちょっと待って!」
僕は妹を担いで、急いでその場を後にした。………きっと、後で妙な噂が広まるんだろうな……。
大学から遠く離れて、僕はやっと一息ついた。
「お前、どうして……」
そういえば前に、妹にキツイ言い方をしたら、怒って何も言わなくなってしまっていたな。
詳しいことは家で聞いた方がよさそうだ。それに誰かに聞かれると気まずいし。
「お兄ちゃん?」
不安そうに見上げる妹の頭をくしゃりとなでる。
「あの、さ……お前、来年受験なんだよな?」
「うん」
「もう大学とか決めたのか?」
「だいたいは、ね」
にこりと妹の顔に笑みが浮かぶ。それに少しほっとしながら話を続ける。
「そういえば、前にF女子大とかO大学とか行きたいって言ってたよな。そこにいくのか?」
「えー、そんなこと言ったっけ?」
「ああ、ちゃんと聞いたぞ」
「うーん、私が行きたいのは、もっと別の大学。今住んでいるところから、ちょっと遠い場所にあるの」
「遠い場所?」
「そう、遠い場所」
その後もその大学を聞きだそうと頑張ったのだが、気がついたら、既に家に着いてしまった。
「お邪魔しまーす♪」
こうして、妹が僕の家にやってきたのである。
「あのね、今日は修学旅行なの!」
妹の口から出たのはそんな一言であった。
「そうじゃないだろう?」
「だって、お兄ちゃんと一緒にいたいんだもんっ!! それに旅行中の時は、全部信頼できる友達に頼んであるから、大丈夫だよ♪」
「という事は母さんに黙ってきたのか?」
「う、うん……」
妹の話をまとめると、どうやら妹は、学校の修学旅行が僕の住んでるN県に行く事を知り、僕に会うために、前々から用意していたようだ。
…………。
「まあ、今日は父さんが出張だったからよかったものの、もし見つかったら大目玉だったんだぞ? わかっているんだよな?」
「見つかったらって大げさだよ……」
「あのなぁ……僕らの両親はもう離婚したんだ。前のように一緒にいる事はできないし、気軽に会う事だって許されていない。お前、忘れたわけじゃないよな?」
そう、僕らはもう一緒にはいられない事情があった。僕だって妹と離れるのは辛くなかったわけではない。だが、そう願っていても無理なものは無理なのだ。
「でも………」
「でもじゃない! もしお前が頼んだ友達が、先生に問い詰められてもしたら、どのくらい迷惑になるのか考えてもみたのか!?」
「う…………」
妹は俯いて、目を潤ませた。
「………まあ、今からお前のクラスがいる集合場所まで行くのは無理だし、今、ホテルに行ったら怪しまれるしな。僕の隣の部屋が空いているから、そこを使うんだな」
「お兄ちゃん……」
僕は呆然と立ち尽くす妹を居間において、部屋の整理をしに向かう。
そして、夜は更け、妹と味気ない夕飯を食べて、自分の部屋に入ったのである。
深夜。いつもならこの時間にゲームをやるのだが、今日はそういう気分ではなかった。
だから、締め切り近いレポートを片付けていた。
かたっ。
ドアノブを回そうとする音が響いた。
妹だ。
でも、それだけだった。ためらう様子が、扉越しに伝わってくる。
何しにきたのかもさえ、予想がつく。
もし入ってきたら、そのときは優しくしてやろうか……。
そう思っていたが、結局妹は入ってこなかった。
しばらくした後、妹の気配は遠のいていった……。
少しの罪悪感とやりきれない気持ちのまま、僕はそのまま寝ることに決めたのだった。
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